怪我、金、コロナ… “日本バスケ界のエース”富樫勇樹はどう乗り越えたのか

トップアスリートの世界は過酷だ。勝ち負けがはっきりしている競技ほど、その傾向は色濃く表れる。プロともなれば生活がかかっている。過去にはNBAで選手契約を結び、今は千葉ジェッツふなばしの一員として、日本国内のプロバスケットボールリーグで戦っている富樫勇樹選手も傍から見れば挫折と受け取れるような体験をしているが、一体どうやって乗り越えてきたのだろうか。

書籍「『想いをカタチにする』ポジティブ思考」(KADOKAWA)からは、その一端が窺える。高校時代の渡米を終えて、日本でプロ選手として活躍の場を広げた富樫は「若いうちにもう一度海外に出てみたらどうか」という声に後押しされ、再びアメリカへ。しかしこの時、立ちはだかったのが経済的な問題だった。スポンサー集めに苦労し、モーテル暮らしを余儀なくされる。食事もハンバーガーやサンドウィッチが続いたそうだが、元々野菜嫌いだったのもあり、苦にならなかったようだ。

アメリカのエージェントは、身長167センチの選手を相手にしない。彼に帯同した日本人エージェントは、ライセンスを取得して日が浅かった。バスケットボールという競技において、アメリカ人男性の平均身長より小柄な選手は、それだけで不利なのだ。そんな中でも努力を重ね、プレーで結果を出すことによって大手企業のスポンサーがつき始め、NBAの選手契約にこぎつける。さあ、いよいよこれからといったところで重度の捻挫を負い、治療中にあえなく契約終了。さぞ悔しかっただろうと想像してしまいがちだが、本人は淡々と結果を受け入れたというから驚きだ。

富樫は「目の前の状況を一度すべて受け入れて、そこから自分に何ができるのかを考えたほうが、立ち直りは早い」と語る。通常、なろうとして怪我や病気になる人間などいないはずだ。不運な事故は避けようがない。それこそ小学生の頃から得点を競うスポーツに長年関わっているため、気持ちの切り替えが身についているのだろう。

では、2021年に開催延期となった東京オリンピックの出場を目指している彼に、現在のコロナ禍はどう映っているのか。やはりスタンスは同じだ。コントロールできるものには向き合い、そうでないものに関しては諦める。シーズン半ばで全中止の憂き目に会ったBリーグ優勝の夢もある。少し先の目標を支えにして、日々できることを積み重ねていく姿勢には、アスリートでなくとも学ぶべきところがありそうだ。

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