北と南の政治の話をしたいわけじゃない。人と人のストーリー “韓国映画界の至宝”ファン・ジョンミン『工作』を語る

日本でも大きな話題を呼んだ韓国映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」「1987、ある闘いの真実」に続き、実話に基づく衝撃作『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(7月19日シネマート新宿ほか全国順次公開)が上陸する。

1992年、北朝鮮の核開発をめぐって朝鮮半島の緊張状態が高まる中、北への潜入捜査を命じられた実在のスパイ、黒金星(ブラック・ヴィーナス)の緊迫感溢れる工作活動を描く。果たして彼は祖国を裏切るのか、それとも国が彼を切り捨てるのか。また北朝鮮はパクの工作に気付くのか…?

黒金星を演じたのは、韓国を代表する名優ファン・ジョンビン。昨今も「ベテラン」「哭声/コクソン」「アシュラ」など数多くの映画に精力的に出演、世界中で評価されている。本作でも命を賭けて尽くした祖国の闇に気づき苦悩するスパイといった難役を好演したファン・ジョンビンに話を聞いた。

ー 本作のオファーをもらった時の率直な感想と出演を決めた理由を教えてください。

出演を決めた理由も感想もほぼ同じなのですが、まず1900年代初めに北に潜入したスパイがいて、ああいったことが行われていたという事実を僕は全く知りませんでした。その当時、僕は20代後半で劇団で演劇をしていました。国民の皆さんも知らなかった人が多かったはずですが、当然僕も知りませんでした。脚本を呼んで「そんな昔の話でもないのに、俺たちは知らなかったのか」と驚きました。そして「これはみんなにも教える必要がある」と思ったのが理由です。

ー 実在のスパイを演じるにあたっての苦労や、役作りの上で心がけたことがあればお聞かせください。

諜報員(スパイ)というのは決して目立ってはダメな存在ですよね。外に正体を知られては絶対にいけないんです。多くの人々は”スパイ映画“と聞くと、ハリウッドの「ボーン」シリーズのような派手なアクションで闘うような映画を想像すると思うのですが、それだとスパイだと自ら言いふらしているかのようでとても目立ってしまいますよね(笑)つまり実際のスパイではありえない話です。

それはエンターテインメントとして別のベクトルで見る楽しさがあるのですが、僕たちは事実を基にしているので、そうした派手なアクションはありませんでした。黒金星(ブラック・ヴィーナス)は相手に正体を知られないように着々と騙していきます。自分が話をしている間にも、心の中には2つの性格が存在します。スパイとして、また別の人格として。それを演技で表現しなければならないということが一番難しかったです。北と南が淡々と話をしている間でも、心の奥底ではまた別のことを思っていなければなりませんから、それを観客に見せなければいけないことが大変でした。

ー 実際の黒金星(パク・チェソ氏)ご本人に会ったそうですね。

パク・チェソさんが国家保安法違反で獄中生活をしながら書かれた手記を読んでからパク・チェソさんの所へ行きました。撮影に入る前に直接お会いして、当時の詳しい状況など色々なお話を聞いて、とても参考になりました。ご本人の姿を完全にマネしようとは思わずに、パク・チェソさんが長い間どのような人生を生きてこられたのか?とても気になったんです。

そういえば、パク・チェソさんでさえも、最初はこの映画がボーンシリーズのようなスパイアクション映画だと思われていました(笑)それで僕は「実際に派手にアクションされたんですか?」と聞きました。「いや、するわけがないだろう」という答えが返ってきましたね(笑)

ー どんな印象でしたか?役作りの上で何か影響がありましたか?

一番驚いたのは、人は話をする時、相手の目を見て今どんな心理状態なのか、なんとなく分かるじゃないですか?でも、パク・チェソさんは目を見ても全く読み取ることができませんでした。

今、どんな気分なのだろう?機嫌がよいのか、よくないのか、僕には全く読めませんでした。それには本当に驚きました。きっと長いこと諜報員として活動していたからそうなのだろうとは思ったのですが。僕にとってはそれが最も大きな宿題となりました。どうしたらそのような感じを演技で出せるか?と。

ー ユン・ジョンビン監督は『華麗なるリベンジ』で製作総指揮をされていましたが、監督としては初めて一緒にお仕事をしていかがでしたか?

ユン・ジョンビン監督はとても賢く、そしてとてもしつこいです。僕は仕事をする時は、しつこくて人に苦労させるタイプの人が好きです。そうであってこそ自分も様々なことを吸収できると思うからです。簡単に楽に仕事をする人はあまり好きではありません。

監督とはとても気が合いました。この作品は演劇のようにセリフがとても多いのですが、セリフを言い合っている姿が、アクションで闘っているかのように見えたらと監督は考えていました。韓国でもこの作品の宣伝をする時は“マウスアクション”という言い方をしていたくらいです。

互いに対する緊張感を高めるためにはたくさんの物語がないといけないし、役者の呼吸も合っていないといけません。そして話をしていないときの空気感みたいなものも大事です。映画を作っている側にはそれが分かりますが、そういったエナジーが観客にも伝わるためにどう表現をしなければならないか?常に監督と話し合った覚えがあります。

ー イ・ソンミンさん、チョ・ジヌンさん、「アシュラ」に続き再び共演したチュ・ジフンさんとの共演はいかがでしたか?

チョ・ジヌンさんとは初めて共演しましたね。でも僕のほうが年上なのでやりやすかったです(笑)イ・ソンミンさんやチュ・ジフンさんは以前に共演しましたし、チョ・ジヌンさんはプライベートのお酒の席でもよく会っていたので、みんな家族みたいな感じでとても楽でしたね。

撮影が3分の2ほど終わった頃に、お互いが演じるのに苦しんでいることを吐露し合いました。みんなプロの俳優ですから、本来そういう弱音を吐くというのは互いにしないほうなんですけどね。話を聞いてみると全員同じ苦労をしていて同じ気持ちだったんです。そうした話を互いにすることによってむしろ団結したし、互いに励みになりました。

ー 日本の観客にこの映画をどのように楽しんで頂きたいか、メッセージをお願いします。

派手なアクションなどはないので寝ないで観てください(笑)

僕がカンヌに行って感じたことは、カンヌでは観客の大多数が外国の方で、実際に韓国の観客が肌で無意識に感じるものとは違うと思うんです。「こういったことがあったのか」と興味深く観てくださっていました。日本の観客の皆さんもきっとそんなふうに観ていただけるのではないかと思います。

北と南という分断された国家間の話ではありますが、共感していただける部分もたくさんある映画です。楽しんで観ていただきたいです。政治的な話がしたいのではなく、結局は人と人とが疎通する物語なんです。そうした部分を観ていただけたらと思います。

ー 演劇と映画のどちらの分野でも活躍されますが、ファン・ジョンミンさんにとって“映画の魅力”とは何でしょうか?

舞台は演技をはじめた若い頃からやってきているせいか、自分の家のようです。映画は、やればやるほど難しくて慣れません。映画はとても細かくて、浅はかな考えで演技にのぞもうもんならカメラに全部それが出てしまいます。だからもっと頑張ろうと毎回一生懸命にやっています。

ー 今後、演じてみたい役柄はありますでしょうか?また次回作についてすでに決まっておられましたら、差支えのない範囲で教えてください。

僕はこれまで一度もキャラクターを考えて作品を決めたことはありません。なぜなら、ストーリーが面白かったら、その中の登場人物はきちんといかされます。一番大事なのはストーリーです。それから今準備している次回作はユン・ジェギュン監督のSF映画なのですが、韓国でSF映画をやるのは今回が初めてのようです。初めてという新鮮さや面白さがあるのではないかと僕も期待しているところです。

『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』は7月19日(金)より、シネマート新宿ほか、全国ロードショー

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