イーロン・マスクはネガティブな声に一切耳を貸さない

実業家として若くして財をなした人物が、突如として宇宙開発事業へと参入する―多くの人々はそれを金持ちの道楽じみた行為と捉え、いたずらに財を失うことを避けるべきだと警告した。しかし、優秀なビジネスマンであると同時に、卓越した数学能力をも併せ持つイーロン・マスクは、こうした周囲の声に耳を貸すことなく、自身の弾き出した“勝算”に基づく形で、2002年5月、商業軌道輸送サービスの実現を目指す企業・スペースXを設立した。

『宇宙の覇者ベゾスvsマスク』(新潮社)によると、彼が同社を立ち上げ、本格的な研究・開発に乗り出すにあたり、最初に手に入れたのは、テキサス州マグレガーの片田舎にある、197エーカーもの広大な敷地を誇るさびれた工業用地だった。実はこの土地は、かつてマスクよりも先に、宇宙開発事業へと乗り出し、順調な滑り出しを見せたものの、その後、政府からの受注を受けているボーイング・マーティンや、ロッキードといった巨大企業との戦いに敗れ、こうした事業から断腸の思いで手を引いたアンディー・ビールが、自身の夢を実現するために築いた試験場の跡だったのだ。マスクは、マグレガー市から広大な土地を、ビールの夢の跡として放置されていた施設を、年間4万5000ドルで借り受けることとなった。

以後、同地を拠点に、ロケット開発に着手することとなったマスクは、同社初のロケット・ファルコンIを完成させる。彼はこの新型ロケットを、ワシントンのインデペンデンス通りでド派手にお披露目し、このことはワシントン界隈のみならず、世界からの注目を集めることととなった。しかし、そんな矢先、彼の前に立ちはだかったのは、かつてのビールと同様に、ワシントン筋に強いコネクションを持つNASAゆかりの企業、キスラー・エアロスペースだったのだ。

アポロ時代から宇宙開発事業に携わる業界の重鎮、ジョージ・ミュラーが率いるキスラー社は、この頃、既に左前の状態であったにもかかわらず、NASAから2億2700万ドルもの巨額の随意契約を取り付けた。このことに、政財の癒着があり、民間企業による平等な競争が行われていないと激怒したマスクは、会計監査院に申し立てをすることを思い立つ。無論、そのことで、将来的にスペースX社が政府からの受注を得られなくなる可能性は高く、社内の誰もが、申し立てを思いとどまるよう、彼を説得したという。しかし、宇宙開発事業へと参入したときがそうであったように、ネガティブな声に一切耳を貸さなかったマスクは、申し立てを決行。九分九厘負けると思われていた中で、見事、勝利することとなったのだ。結果としてスペースXはこれ以降のNASAが行う事業において、契約獲得競争に参加できることとなり、一方、敗れたキスラー社は、さらに資金繰りが悪化し、2006年にロケットプレーン社によって買収。そのロケットプレーン・キスラー社も資金難に陥り、宇宙開発の世界から姿を消すこととなった。

かつてアンディー・ビールでさえも突き崩せなかった“ワシントン界隈の壁”を、時を経て、物の見事に打ち破ったマスク。その強烈な推進力は、彼の手掛けるロケットをどこか彷彿とさせるものといえそうだ。

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