ヒップホップの“Bボーイ・イズム”をスケートボードに落としこむ ヤンチャなレジェンド、スティービー・ウィリアムズ

スケートボードは白人のスポーツなのか? 黒人のスポーツなのか? 正解は早くから人種の多様性に富んだスケートボードは、その両方を内包している。白人スケーターには白人スケーターの、黒人スケーターには黒人スケーターのカッコ良さがある。

そうした中で、いわゆるヒップホップとも相通ずるBボーイ・ノリをスケートボードに持ち込み、そのイメージ性をスケートボードに落とし込んだレジェンドがいる。それが今回紹介するスティービー・ウィリアムズだ。

2011年後半には、今は亡き『トランスワールド・スケートボーディング』誌が編集した「史上最も影響力のある30人のスケーター」リストで第27位のポジションをゲットしている。

ThrasherMagazine/YouTube

フィラデルフィアのゲットーで生まれたスティービーは、Bボーイがマイク1本で成り上がって行くように、スケートボードひとつで成り上っていく。11才のときに、当時フィラデルフィアにあった世界的なスポット「ラブパーク」でスケートボードを始め、徹底的に技術を高めていった。

「ラブパーク」はカーブ(縁石)天国であったため、スティービーが得意とするのはカーブを使ったトリック(技)だ。高いカーブから低いカーブ、長いカーブから湾曲したカーブまで、様々なカーブが存在してたので、若き日のスティービーはスポンジのようにそれらのカーブを使ったトリックを吸収していった。特に黒人特有の筋力で高いカーブにアプローチすること、また両足を前後入れ替える“スイッチスタンス”で滑ることにかけては、超一流の技術を身につける。

そんなスティービーが世界的に注目されるきっかけとなったのが、トランスワールドから1999年にリリースされた『リーズン』だ。

William Sanders/YouTube

イケイケの滑りからはBボーイイズムを感じさせ、ヤンチャなキャラクターが十分表現されているものだった。そして、このタイトルがきっかけとなり、シューズカンパニー「DC」をはじめ、数多くのスポンサーをゲットし、ビッグマネーを掴んだ。

DGK/YouTube

ちなみにその後、自身でブランド「DGK」を始めるが、それは「ダーティー・ゲットー・キッズ」の略で、幼少期のスティービーのあだ名だったようだ。

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