バスケットボール・ダイヤリーズ (シソンヌ 長谷川忍)

ありがたい事にスニーカー関係の仕事なども増えて、こんなわたくしにもスニーカーと言えば的なラベルを貼っていただけました。これもひとえに、みなさんや、関係者各位の力でもなく単にスニーカー好きな自分のおかげだと思います。

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そもそもスニーカーに興味を持つきっかけになったのにはバスケットボールが深く関わっています。自分は小学校と高校でバスケ部に所属していました。まぁひっかかりますよね?いや中学は?と、この話はスニーカーに全くもって何なら1ミリもかすらないので割愛します。いつか機会があれば。

かなりの偏見かもしれませんが、バスケ部の楽しみでもあり入部する動機になりうるのはバッシュa.k.a.バスケットシューズでしょう。いやこれ以外の理由は無いかもしれません。小学校のミニバスケットボール部では、コンバース・オールスターなどの通称、布バッシュを履いていました。このバッシュ購入が小4の我々には最大のイベントでした。当時3000円を親からもらい、靴量販店へと赴くのです。初めて買ったスニーカーもといバッシュは忘れもしません。アシックスの布バッシュ、そいつは真白なボディーに燦然と輝く赤いストライプ(青と迷ったが赤を購入)がこっちに手招きしているようでした。わかりやすく説明するならハイカットの上履きだと想像してください、はいそれです。

その布バッシュを降ろして挑むミニバスの練習は疲れ知らず…とはいかなかったが、視線を落とすたびに飛び込んでくる布バッシュに終始にやけ顔だった事でしょう。まさに性への目覚めの瞬間と同じ衝撃でした。
小学校を卒業と同時にミニバスも終わり、その年の春休みに布バッシュをスニーカーにするスタイルを地元で流行らせたのは自分だという都市伝説を引っ下げて今に至るのです。

余談ですが小学校から中学へと上がる時期の春休みで、母親が浜松市の中心街にある古着屋さんでadidasフォーラムを買ってくれました。この春休みはスニーカーデビューだけで無くデニムデビューもしていたのです。
百貨店に行き初めて足を通したデニムはボブソンでした。それまでは名称もわからない機能性重視のショートパンツ的な物を毎日履き倒していたのでデニムを履いた瞬間に飛び級で高校生になって感動しました。
そのボブソンと母親が買ってくれた古着ならぬ古靴で春休みは毎日ボブソンにフォーラムでした。ある日の事、友人の部屋で数人でダラダラしていると1人が「なんか納豆臭くない?」すると他の皆んなも賛同しました。たしかに薄い納豆臭は感じていました。そして犯人探しが何となく始まりました。嫌な予感は全くしていませんでした。まさか自分のはずが無いと。でもよくよく考えれば犯人は自分一択なんです。
なぜなら母親が買ってくれた古着屋のフォーラム、こいつが年代物の悪臭を放って俺の足を納豆のような臭いでコーティングしていたのです。ショックでした。カッコつけていても足元から納豆臭を撒き散らしていたからです。友人達の表情は何とも言えませんでした。その日は家に帰って母親に強くあたってしまいました。母親は全く悪くないのに悪いのは自然発生した納豆臭なのに…今でも献立で納豆が出るとハッとして足元に視線をおとしてしまう自分がいます。

布バッシュはミニバスでの経験と共に汚れをしっかりと含み、良い味が出ていて、スニーカーとしての貫禄も出ていて愛嬌たっぷりでした。こうして自分は布バッシュを通りスニーカーに自然とたどり着いたのです。それが私のスニーカーへの目覚めです。

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文・シソンヌ 長谷川忍

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