発熱に苦しみ、試合出場不可能なジョーダンがコートに立つ ピッペンが語る、NBA史に残る伝説の一戦『FLU GAME』

1997年のNBAファイナル第5戦。2連覇を狙うシカゴ・ブルズはユタ・ジャズを相手に窮地に立たされていた。

2連勝のあとの2連敗。そして、5戦目もジャズのホームで行われるという不利な状況の中、チームのエースであるマイケル・ジョーダンが、立っていられないほどの高熱を出してしまったのだ。全7戦のうち4勝したほうが優勝となるNBAファイナル。ブルズはこの勝負に負ければ2勝3敗でジャズに王手をかけられることになり、絶対に落とせない試合であった。

「ゲームの日の朝、マイケルはシューティングをせずに朝食だけ食べたんだ。その時、彼が高熱を出していることを知った。周りはマイケルはプレイするもんだと思っていたみたいだけど、ぼくはプレイしないと思っていたよ(笑)。とりあえず、その時の確率は五分五分だったね」と振り返るのはスコッティ・ピッペン。

ESPN/YouTube

「でも彼は会場に来て、ぼくらの前に姿を現した。そして、いつものアップを入念に行っていた。その姿を見て、なんとなくぼくはこのゲームに勝てるだろうと思ったんだ」

なんと、ジョーダンは試合開始90分前にようやくベッドから起き上がったのだという。そんな状態でもチームのために立ち上がったジョーダンを見て、ピッペンは奮い立った。

「ぼくはゲームの序盤、いつも以上に積極的にゴールを狙った。ポストでボールをもらってオフェンスを仕掛けたよ」

ジョーダンの負担を少しでも減らすべく、ピッペンはオフェンスを引っ張った。その時のジョーダンは「あまり喋らなかった。自分の世界に入っていたみたいだった」との言葉通りに、静かに集中力を高めていった。

極度の体調不良の中でも集中力を高めたジョーダンは2Qで17得点、最終第4Qで15点という驚異のパフォーマンスを披露し、ブルズに勝利をもたらした。この試合こそ、ピッペンにもたれ掛かりながら歩くジョーダンの姿が有名な『Flu game』である。

「私たちは長い間一緒に戦ってきた。この試合は私たちのキャリア中でも、特に重要な一戦のひとつだ」と語るピッペン。NBA史上に残る伝説の一戦は、頼りになる相棒の“支え”があってこそ生まれたのだった。

View this post on Instagram

Happy birthday to my brother!

A post shared by Scottie Pippen (@scottiepippen) on

TAGS