“神様”ジョーダンが、新人時代のシャックにファウルされて放った強烈な一言

身長216cm、体重147kg。NBA歴代選手の中でも一際目立つ規格外の巨体の持ち主、シャックことシャキール・オニール。彼がオーランド・マジックでプレイしたルーキー時代~キャリア前半は、現在の姿からは想像できないほどシャープな体型で、軽快にコートを駆け巡っていたことを覚えているだろうか。あの“神様”マイケル・ジョーダンを翻弄し、本気にさせたシャックの若かりし頃のキャリアを振り返ってみよう。

View this post on Instagram

Throwbaq Monday

A post shared by DR. SHAQUILLE O'NEAL Ed.D. (@shaq) on

まず、シャックのキャリアを語るにあたって、ジョーダンは欠かせない存在だということを断言しておく。2人の初対戦は1993年1月12日、シャックのNBAデビューシーズンでのこと。ジョーダン率いるシカゴ・ブルズが1回目のスリーピート(NBA連覇)を目前にし、チームの黄金期を築こうとしているころだ。

それから4日後の1月16日に行われたマジック対ブルズの2戦目は延長にもつれ込む接戦だった。シャックはルーキーながら29得点、24リバウンド、5ブロックの活躍を見せるが、対するジョーダンは64得点、6リバウンド、5スティールでシャックを圧倒する。そして、この試合でシャックのその後にも大きく影響する“Great foul(大したファウル)”事件が起こる。

何としてもジョーダンを止めようと必死だったシャックは、ジョーダンの上に覆いかぶさるようなディフェンスでシュートを阻止する。すると、接触したジョーダンがコートにしゃがみこんでしまったので、シャックは手を差し出すのだがジョーダンに拒否されてしまう。そこでジョーダンが放った一言が強烈だった。

「手を貸すな。大したファウルだったよ。でも俺は何度でも立ち上がる。心配される筋合いはない」

ジョーダンのトラッシュトークはとにかくキツい。ルーキーが“神様”からこんな皮肉を浴びせられたのだから、きっとトラウマになったことだろう。しかし、その後のシャックの活躍は目覚ましいものがあった。ルーキーとしてはこの上ない成績を残し、歴代最高のルーキーとも称された。そして1996年、NBA3シーズン目に23歳という若さで「歴代NBA50人の偉大な選手」にも選ばれた。ちなみに、現在活躍中の23歳、ドノバン・ミッチェル(ユタ・ジャズ)やデビン・ブッカー(フェニックス・サンズ)と比べても、当時のシャックのスタッツの方が遥かに上だ。

シャックが目指していたのは、ジョーダンのポジション。すなわち“NBA最高のプレイヤー”だった。だが残念なことに、“神様”が君臨しているうちはその座を奪うことは難しかった。シャックにようやくスポットライトが当たったのが、ジョーダンが1度目の引退で野球へ転向した時期だった。この期間ににシャックはますます強くなり、長年低迷していたチームも劇的に調子を上げ続け、遠ざかっていたプレイオフへの道も開けた。

その後、ジョーダンはNBAへ復帰をはたし、1995年のプレイオフにてシャックとジョーダンの2年ぶりとなる対決が実現することになるのだが、そこでは勢いに乗ったシャック率いるマジックが完勝し、ブルズはプレイオフ敗退を喫した。シャックは“神様”不在の2年余でプレイを向上させただけでなく、心理戦、メンタル面も鍛え上げていた。この時ばかりはジョーダンから“主役”の座を奪い、“NBA最高のプレイヤー”は自分だということを証明して見せた。

「ジョーダンのすべてを研究したんだ。なぜなら彼の持っているものを俺もほしかったから。彼が試合でどう振る舞うか、監督やチームメイトとどうコミュニケーションを取るか、審判への態度、対戦相手にどう見られれば相手を怖じけさせられるのか。彼のポジションを掴むために研究し尽くした」とシャックは語っている。

さて、ここで思い出したいのが、すでに紹介したジョーダンの言葉「俺は何度でも立ち上がる」である。プレイオフ敗退はジョーダンの本気にさらに油を注ぐことになり、翌シーズンからジョーダンそしてブルズはリベンジに燃え、2度目のスリーピートへと快進撃を始めることになる。プレイオフでは再びマジック対ブルズという対戦カードが実現したが、ブルズが4連勝し雪辱を果たした。「最後に笑うのはマイケル・ジョーダン」と言われる通り、シャックが目指す“NBA最高のプレイヤー”という目標の前に、またしてもジョーダンという壁が立ちはだかったのだ。

シャックが活躍するにつれてオーランド・マジックは実に攻撃的なチームへと変貌、アンファニー・ハーダウェイやニック・アンダーソンなどのスタープレイヤーを輩出し、リーグ屈指の強豪にはなったが、NBA制覇は果たせなかった。そこで、シャックは自身が一番輝ける場所、そして“NBA最高のプレイヤー”の座を求め、ジョーダンがいないウェスタン・カンファレンスのロサンゼルス・レイカーズへと移籍するのだった。なお、プレイオフで敗れ、コートを去ろうとするシャックを引き止めたジョーダンが放った一言も強烈だった。

「成功するにはまず失敗する方法を学べ」

勝者が敗者にかける言葉としては辛辣すぎる気もするが、シャックはこの言葉を胸にレイカーズへ移籍し、次なるステップを目指したそうだ。シャックの活躍の影には、つねに“神様”マイケル・ジョーダンという絶対的存在があった。ジョーダンのトラッシュトークでバスケ人生をダメにする選手もいる中で、屈せずにその座を脅かしたのはさすがとしか言いようがない。

JxmyHighroller/YouTube

TAGS