封印されしエグゾディア (ランジャタイ伊藤)

ある夜、ふらふらと公園にたどり着いた。肌寒い夜だった。
砂場に寝転がって星を見ていたら、そばにあるブランコの前に立つ2人から、漫才のネタ合わせ丸出しの、掛け合いめいた声が聞こえてきた。知り合いかな?漫才がおわり、耳をそばだてて会話を聞いてみると、どうやら2人はNSC生で、まだコンビを組んで間もないようだった。

顔をそっと盗み見ると、まるでまだ少年だ。漫才の稽古を終えてブランコに座り、キイキイとブランコを漕ぎながらあれやこれや無敵な野望を喋る2人は、きらきらと輝いていた。
主導権を握っているのであろうボケの人がお笑い論を語る。様々な身近な先輩を呼び捨てで批評していく。今はこうこうこういうお笑いが流行っている。それに勝つにはこうすればいい。

M-1で決勝に行く。

だからこの間で。こういう音で。こういう言い方でやってほしい。何度も同じセリフを言い直させて、ちがう、ちがうと事細かに発注している。つっこみのひとも、自分の意見を言いながら、ボケに喰らい付いているようだった。
何だかすごいなあ。その声を聞きながら視線を星空に戻し、僕は自分たちの結成したてのころはどんなだっただろうかとぼーっと思い出す。星空が木目の天井に変わっていく。

〜〜〜
でさ!ひとつになったのよ。
なにそれ!面白いね!

国崎くんの家で、僕たちは漫才の真似事みたいな感じで、蛍光灯のひもをマイク代わりに2人で立って喋っていた。国崎くんがぼけて、僕はつっこむこともなくけらけらと笑っていた。そして笑う僕を彼はへらへらと見ていた。
漫才のような、まだ何だかよくわからないものが終わり、座って、お互いのことを話し合う。エアコン暖房を入れても、壁の継ぎ目から熱が出ていってしまって暖まらないようなボロボロの寒い部屋で、僕たちはボロボロのダウンジャケットを着込んでいた。
色々なことがあってコンビを組むことになり、2人ともボケをやりたいということだったから、それなら自分がボケのネタを順番に考えて、ネタごとにボケを変えようということを僕から提案していた。はじめてのネタ合わせだった。この最初のターンが国崎くんの考えたネタで、そのターンを終えた時、僕は、これは絶対に国崎くんがボケのほうがいいなと思った。

座って国崎くんの楽しそうな話を聞きながら、蛍光灯のひもを見つめていた。もしこれが遊戯王のカードバトルだとしたら、1ターン目でトゥーン・ワールドに引き摺り込まれて、そのままトゥーンの中で『封印されしエグゾディア』を5枚揃ってバンと出されたような、そんな感じ。
(封印されしエグゾディアは5枚揃ったら勝利のカードで、トゥーン・ワールドは別に必要ないのだけどなんかそんな感じ)

さっきまで漫才マイクだったひもを見ながらそんなことを考えていた。
(その1本目の漫才は足が早過ぎて悩んでいるという入りから、子どもの頃小学校の運動会の100メートル走のとき、足が早過ぎて上半身がついていかず、風になびき、やがて幽体離脱した自分が空の雲の上で同時に走り出し、そのまま空と地面の自分がコーヒーをカップで飲みながら走り、独走状態でゴールしてゴールテープを切ろうとするその時に、すーっと消えていってゴールテープと一つになるというネタだった)
(その時自分のターンとして僕が作っていたのはいろんな人や動物や物が喧嘩がしていって、最終的には時間と空間が喧嘩してビックバンが起こるみたいな、なんか壮大っぽくやりたそうな漫才だった。)
これは、エグゾディアも出たことだし僕のターンはなしでいいなあと思った。

これからとても楽しい漫才が出来そうだなあとわくわくしていた。話していくと、面白いほどに好きなお笑いやツボ、笑うところは一緒のようだった。
時間を忘れて、好きなテレビや漫画や地元の話やら、あれやこれや夢中になってたくさん話し込んでしまった結果、国崎くんは深夜のバイトに行く時間になっていた。僕の終電は無くなっていた。

「おれバイトやから行くよ。」まだ笑顔の残る表情で国崎くんが言う。
「そっか。終電無いから、泊まってってもいいかな?」
その瞬間、国崎くんの顔から、スッと表情が消えた。

「だめだよ、帰ってくれ」
「え?」
感情のない冷たい目で告げる国崎。

「え、いいじゃん、外は寒いよ。凍えてしまうよ。」
「いや、あかん帰ってくれ。」
「始発が来たら帰るよ。いいじゃん。」
「だめよ。もう時間やから。行くわ。」
「頼むよ、もう帰れないよ。」
「無理よ。なんとかして帰ってくれ。行くわ。」
「お願いだよ、泊めておくれよ。」
「や、無理よ。行くわ。」
国崎の顔は能面のようになっていた。

そうして、押し問答の末、有無を言わさず僕は部屋を閉め出された。居座ろうとする僕を押し出した時の力は、すさまじい力だった。真冬の外に放り出された。ニュースによると、その日はその年一番の真冬日で、気温は0度近かった。鍵を閉める国崎の背中を、渦巻く謎と恐怖の感情を抱きながら見ていた。あの楽しい時間はなんだったのだろうか。なぜ泊まってはだめなのだろうか。

かちゃかちゃと、鍵を閉める音が響く。
「じゃあ」
自転車に乗って、立ち漕ぎで闇に消えていく国崎。僕は呆然と、しばらく立ち尽くした後、凍える暗い街に歩き出した。
追いすがる僕を無理矢理部屋から追い出した時の国崎の顔は、うしおととらの白面の者のような顔をしていて、心底から怖かった。今自転車を漕いでいる彼は、どんな顔をしているのだろうか。

しばらく彷徨い歩いたが、その街には、一つも漫画喫茶、カラオケがなかった。もちろんお金などろくに持っていなかった。無駄に安く泊まれる先を探して歩き回ってしまった結果、体温が奪われてしまった体。とても外で夜を明かすことはできない。
もう限界だと判断した僕は、生まれて初めてタクシーを止め、とりあえず自分の家の方に向かった。住所を伝え、暖房の効いた車内の暖かさに安心して気が緩み、ふっと居眠りをしてしまい、目覚めてタクシーメーターを見て驚愕した。7800円。そんなにかかるものなのか。ほぼ半泣きでお金を払う。

家に着き、扉を閉めた途端、体の震えが止まらなくなった。
ガチガチと歯が音を立て触れ合う。そんなことは初めての体験だった。熱いシャワーを浴びたが震えが止まらない。暖房を強風で全開にして、毛布と布団にくるまってもまだ、ぶるぶると体の震えはやまなかった。
そして次の日、39度の高熱を出し、インフルエンザになり、そしてそのまま喘息を発動し、1週間近く寝込んだ。

〜〜〜
わかる!あの人達面白いよね!じゃあランジャタイは?

ランジャタイ!

心が現代に引き戻される。僕のコンビ名だ!どうやら好きなお笑いの話をしているようだ。まだ過去にいる身体はガタガタと震えていた。

「ランジャタイは、少し気持ち悪いしうるさいだけでよくわからない。」

僕は、ランジャタイのうちの1人だとばれないように、咄嗟にばっと両腕を顔に乗せた。身体の震えが止まる。顔を覆う腕の隙間から、ぼうっと白く浮き立つ夜の雲が見える。夜の雲は昼の雲よりもくもくしているなあ。そんなことを考えながら、時間が過ぎるのを待った。

静かになった公園で、砂を払い立ち上がり、さっきまで2人がいた場所を見つめる。鼻から深く息を吸った。公園の夜を全部吸い込むような気持ちで。ひんやりと、心地よい空気が脳と肺にすーっと入っていく。そして僕の全身を一巡させて、ゆっくりと口からふーっと吐き出し、夜へと返した。
君たちとはきっとまた会うことになるだろう。君たちの顔は絶対に忘れないよ。なんだか楽しみだ。星灯りに、まだわずかにブランコが揺れていた。

文・ランジャタイ 伊藤幸司

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