ユニコーンで『大迷惑』 (ランジャタイ伊藤)

前編:ありがとうめぞん一刻

待ち合わせ場所に現れたその人は、信じられないくらい綺麗な人だった。

「はじめまして」

そう言うその子の声はやはりとても可憐で、一瞬時が止まったような気がした。『時よ止まれ貴方は美しい』とほんとに思った。
少し間をおいて、かなりどきまぎしながら「はじめまして、とても綺麗な人ですね」と思ったままの事を言ってしまった僕に、その人は優しく微笑んでくれた。

「歩きましょうか」

響子さん(もちろん仮名)が言った。

「はい、そうですね」

僕はそう返し、並んで歩くことになった。あらためてその女性を眺めていてもいまいち現実感がなかった。長い黒髪を揺らしながら静かに微笑むその姿は、まるで本当に音無響子さんが漫画から出て現実に現れたのでは、と思わされた。

読み込んできたハウツー本の数々の内容は全て吹き飛び、「空が暗いですね」とか「人間って、少人数だといいですけど、たくさん集まると気持ち悪いですよね、虫とかもたくさん集まると気持ち悪いじゃないですか。あれと一緒な感じがするんです。」とか、もう女性との会話としては0点(男性とでもであるのだろうか)およそ対話が成立しないようなことばかり言っていたが、そんな僕にも優しく相づちをうってくれていた。

その一歩一歩ごとに、失われたはずの青春が体に染み込んでいくような感じがした。目に映る街の景色がはずんでいた。
普段は何も思わない通行人一人一人に、生まれてきてくれてありがとうと感謝を伝えたいような気持ちだった。
1日晴れていたのにも関わらず何故か持っていた傘も、なんだか愛おしかった。ララランドのように街のみんなと踊り出したい気分だった。(ララランドはまだ存在しないけど)

響子さんが言う。
「私、カラオケに行きたいです。2人きりでゆっくりお話ししたい。」
「え、、行きましょう。」
女性と並んで歩くことも初めてなら、もちろん2人きりになることも初めてなわけで。
“響子さんと2人きり??”

自分に何が起きているのか、最早脳の処理は追いつかず、興奮性シナプスが、女性と2人きり、という一点のみで過処理におちいり、血管の曲がり角で次々と追突事故を起こし、鼻からプスプスと血液の臭いを感じていた。
心臓は早鐘を鳴らし、それが全身に反響し、とてもうるさかった。とにかく、響子さんがカラオケに行きたいと言っているから行こう!と僕は思った。途中、コンビニで、響子さんが好きだと言うきのこの山とたけのこの里を買い、僕たちはカラオケに向かった。
カラオケ屋で受付をすます。まだ心臓はうるさくてしょうがない。ゆっくりと階段を登る。後ろから響子さんが着いてきてくれている。一歩一歩が、なんだか地面の感覚がなく、気を抜くとどこを歩いているのかわけがわからくなる。

こけそうだ。
やばい。

“カラオケは歌う場所、ただお話しして歌うだけだよ!”
右足が僕に語りかけてくる。
“そうだよ!何も緊張することなんてない!落ち着いて!”
左足もお話ししてくれる。
“ありがとう”
足たちのおかげで、なんとか前に進めていた。そうして部屋の前にたどり着く。緊張のあまり、どうやってノブを回すのか一瞬わからなかった。
“大丈夫!おれたちにまかせろ!”
右手と左手が話しかけてくれる。21年間僕を支えてくれてありがとう。みんなに任せれば大丈夫だ!右手ちゃんと左手ちゃんを両方使い、ノブをゆっくり回した。

カチャリ

部屋は狭くて、なんだか飲み込まれそうだった。後ろ手にドアを支え、響子さんが入るのを待った。なんだか響子さんの方は見られなかった。

バタン

ゆっくりとドアが閉まる。その時だった。

スパァン!!

後頭部に鈍い衝撃が走った。え???なんだ?何が起きた?遅れて痛みがやってくる。一瞬頭に雷が落ちたのかと思った。

スパァン!!

そして痛みの意味を理解する間もなく、2度目の衝撃がやってきた。なんだこれは、一体何が起きている。今僕は、カラオケ屋のお部屋に入っただけだ。後頭部に衝撃を受ける因果はない。

ゆっくりと振り返る。響子さんが、傘を中道に構えて立っていた。

どういうことだ。状況を理解するのに時間がかかった。しかし考える間も無く、次の太刀が振り下ろされる。

イャァァア!!

響子さんが叫んだ。正面を向いているので、今度はなんとかかわせた。しかしかわしたそのままの勢いでまた刀が襲ってくる。

タァン!

今度はかわしきれず、まともに食らってしまった。頭がふらついてきた。理由は全くわからないが、響子さんは、僕を倒そうとしている。
それだけは確かだった。一体何が起きているんだ。いつからそうしようと思っていたのか。容姿が気に食わなかったのか。あまり会話が弾まなかったのがよくなかったのか。それとも最初から。

そうしている間にも次々と一閃が振り下ろされる。部屋を出ようとドアに近づくと、より一層叩かれた。逃げられない。小さいその身体が、とてもとても大きく見えた。
もうその子は響子さんには見えず、朦朧とする中で何故か、その頃読んだばかりだった、バガボンドの吉岡清十郎が脳裏に浮かんでいた。そこからは、吉岡清十郎にしか見えなくなった。

そしてまた、一つの太刀が振り下ろされる。ぎりぎりのところでかわす。傘が耳をかすめる。刹那の瞬間また一つの太刀が来る。それが何度も繰り返される。1秒1秒が、極限まで引き延ばされたような濃密な時間。
水飴のようにドロドロして、完全にその中にとらわれていた。死線が繰り広げられていた。ただ女の子とお話ししたかっただけなのに。

女性を傷つけるという発想は僕の中になく、とにかく防御に精一杯だった。傘を奪いとりたかったが、傘を白刃取りのように掴んでも、すぐに振り解かれてまた叩かれる。そして掴まれた事に怒ったのか、さらに威力は増す。
柳生石舟斎の無刀取りのようにはいかなかった。もう何度振り下ろされただろうか。一つの太刀で斬り伏せるのも飽きたのか、途中からは連続でめった打ちにしてきた。

イャァァア!!!

とすごい勢いだった。ガードしても痛い!やだ!何でこんなことするの!だめだよ!どこにいるのかもよく分からなくなってきた頃、不意に太刀が止まった。

“もう満足したのかな?”

そう思ったのも束の間。なんと清十郎は、傘を捨て、その手にマイクを掴み、そのマイクで思い切り殴りつけてきた。

ゴスッ!

室内にマイクの音が響き渡る。あろうことか、マイクはオンにされている。馬乗りになられ、タコ殴りにされる。

ゴス!ゴス!ゴス!

カラオケのスピーカーからは、僕の骨の音が響き渡っていた。
『音を聞きたいからオンにしたのかな?』
なんてのんきなことを考えていた。マイクが鼻に当たり、鼻血が出た。鉄の味がする。
部屋に入る前は、”おれたちに任せろ!”と言っていた右手と左手は、”もう終わりだよ”と悲しいことを囁いていた。まさか、このまま死んだりするのかな?

『もうどうにでもなれ』

と全てを諦め意識が遠のいてきたその時、不意に攻撃が止み、唇に何か柔らかいものが当たった。なんだろう?目の前には、その子の顔があった。ファーストキスは、血の味がした。

『来て』

その子が囁く。そこからはもう、流されるままだった。野となれ山となれ精神だった。もう何がなんだかさっぱりわからなかった。もしかしたら、清十郎じゃなくてやっぱり響子さんなのかもしれない。

よくわからないことを考えていた。信じられないとは思うが、その最中、僕の里に、きのこの山を詰められた。僕の里はきのこでいっぱいになった。清十郎(響子さん)は、詰めながらけたけたと子どものように笑っていた。
事が終わりぼーっと惚けていると、カラオケに曲が入った。響子さん(清十郎)が入れたようだ。
流れてきた曲は、ユニコーンの『大迷惑』で、その子は楽しそうにはしゃぎながら歌い踊っていた。その頃にはもう何もかも面白く感じてきて、僕は笑った。

「帰ろっか」

カラオケを出て、駅に向かう道すがら、その子が言った。

「あたし、プレ欲しい」

プレ??なんだろう

「プレゼントの事だよ♪欲しい財布があるの♪」

わかった、今度プレゼントするね。そう約束をし、ご機嫌のその子を送り届け、家路に着いた。帰る途中、里の違和感が半端じゃなかった。

帰り道の夜気ですっかりと冷えきった身体で寝床に入り、この1日起きたことを、妙に冷めた頭で振り返ってみる。身体中が痛いし、それとは別の感じでお尻が痛い。一体なんでこうなってしまったのだろうか。僕は五代くんと響子さんみたいになりたかったかっただけなのに。
理想とは大変かけ離れた経験、出来事にはなったが、中高生のころナインティナインのオールナイトニッポンを狂ったように聞いていて、心底岡村さんを大好きだった僕は、そういえば岡村さんと一緒になれたんだな、とふと思った。(岡村さんは21歳で初体験をされた話をラジオで定期的にされていたので。)
その日はナインティナインのオールナイトニッポンの録音テープをイヤホンで聞きながら死んだように眠った。

次の日朝目覚めると、全身に鈍い痛みを感じあんなに冷えていた身体がなんだかじんじんと熱い。身体の中に熱い鉄が埋まっているような感覚だ。お風呂場に行き、服を脱ぎ鏡を見ると、身体中青あざになっていた。
そして、なんだか僕のきのこに違和感があった。そっと覗いてみる。僕のきのこはぱんぱんにはれ上がり、まるで、ポンデリングのポンデライオンのようになっていた。

携帯が鳴る。メールが届いていた。あの子からだ。

『プレまだ〜?』

僕はそっと携帯を閉じた。

……

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文・ランジャタイ 伊藤幸司

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