36才の夏休み (ランジャタイ伊藤)

うああああああああ!

慟哭が響く。血塗れの手で、荒波タテオが泣いていた。

トークLINEグループに、「カラオケに行こう!」といつものようにLINEを流し、いつものメンバーで、カラオケに行った。『こうちゃんライブ』というトークライブを月一で一緒にやっていたメンバーだった。

バベコンブ かわぞえ
イルカアタック
タケイ荒波タテオ
マスオチョップ 西園は時間が合わず来られなかった。

ロックが好きで、どうしようもなくそれぞれどこかが欠けている僕たちは、何かあるたびに、何もなくとも、しょっちゅう集まってカラオケに行ってはヘトヘトになるまで歌い、叫んでもがいていた。
悲しみの果てみたいな日もカラオケで一緒にいてくれたし。
夢が叶った次の日は、かわぞえとカラオケに行って僕はめちゃくちゃに泣いたし。
夢が終わって最下位になったあの日も、いつものように待ち合わせは高円寺。
みんなでカラオケに行った。
「最高でしたね!」とみんな最高の笑顔でひたすら喜んでくれてた。
終わらない青春ごっこが楽しくて、忘れられない出来事がたくさんあった。
楽しいことも悲しいことも全部抱きしめて、これからも全開で生きていきたい。

僕は、銀杏BOYZと神聖かまってちゃんとエレファントカシマシとandymoriとフジファブリックと安室奈美恵と中森明菜とKinKi kidsとフラワーカンパニーズを声の限りに歌った。
終電に追いつかれて、カラオケ屋を後にする。
結構なぎりぎりだ。
みんなで真っ暗な道を走る。
「じゃあ、またね!」とお別れをする。
荒波タテオと僕は、同じ電車だった。
終電に揺られながら、まだ今日を終わりたくないなあと思った。
ふと、線香花火がとてもしたくなった。
タテオの家には小さな庭があるので、そこでなら線香花火くらいは迷惑にならずにできる気がした。
タテオに提案したら、「ええ、伊藤さん、やりましょう。」と、お家に行くことになった。

途中、コンビニに寄って花火を買う。
コンビニをウロウロしながら花火を探す。
なかなかみつからない。
店員さんに場所を聞いて、小さな花火コーナーに辿り着いた。
線香花火単体は売っていなくて、透明な袋を目を凝らして見る限り、一番たくさん線香花火が入っていそうな、アンパンマンのパーティ花火を買った。

小さな縁側に出て、石段に座り、バケツに水を入れて、線香花火に火をつける。
小さくてまんまるで綺麗な火の球から、ぱちぱちと可愛らしい火花が散る。
永遠にみてられるけど、やがてそれは終わってしまう。
終わるのが悲しくて、また次の花火に火をつける。
これが最後の花火になるのかなあ。

なんてことを思いながら花火玉をみていると、突然強烈な便意に襲われた。
お腹が半端じゃなく痛い。
「ちょっと、トイレに行ってくるよ。」
平静を装い、立ち上がる。
立ち上がると、思ったよりやばくて、振り返って全力で部屋の中に飛び込んだその時、バン!と、凄まじい衝撃に跳ね返された。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
今この瞬間に世界が滅びてしまったのかと思った。何かに跳ね返されて、地面に尻餅をつく。

「一体何してるんですか、伊藤さん。」
呆れたような感じでタテオが言う。
跳ね返された部屋の入り口を見ると、そこあったのは、網戸だった。
そういえば、虫が入るから、と花火をする前にタテオが網戸を閉めていた気がする。
世界が滅びたわけでも、超常現象に襲われたわけでもなかった。
安心して、再び部屋に入ろうとするが、網戸がおかしい。
網戸が開かない。
「あれ?、、ちょっと、、」
「どうしたんですか伊藤さん。」
「いや、網戸が開かないみたいで。」
網戸をよく見ると、僕が突進した衝撃で歪んでいるらしく、レールにめり込んで、うんともすんとも動かない。

「ああ!!!あああああ!!!」

タテオが叫んだ。

ガン!ガン!
「どうするんですか、開かない!壊れた!伊藤さんが壊した!」
これは申し訳ないことをした。
「ごめんよ。」
「何でこんなことが出来るんですか!信じられないですよ!」
「ごめん、許してよ。本当に悪かったよ。開いてると思ったんだ。壊したいわけじゃなかったんだ。」
「どうするんですか!開かない。直すお金ないですよ!」
2人で網戸を引いたり押したりしてみるが、全く開かない。気付くと、タテオの手から血が出ていた。
「タテオ君、血が出ているよ。大丈夫?」
「うるさいですよ!黙ってて下さい!」

「終わった。家に上げたからだ。伊藤さんのせいだ。」
そうこうしているうちにも、便意は激しさを増してくる。だんだん、申し訳なさを便意が超えてきた。
「もう漏れそうなんだ。何とかならないないかな。」
「開かないんですよ!黙っててください!弁償してください!」
「許せない!許せない!」
血に塗れた手で起こるタテオ。言っていることは至極真っ当だ。完全無欠120パーセント僕しか悪くない。
しかしお腹は痛い。まるで、少年うんち達が力を合わせて腸の中からお腹をパンチしてきているような感じだった。早く!ここから出してよ!と叫んでいるようだ。じれったい僕だって早く出してあげたい。腸の壁は崩壊しようとしていた。

その間も、タテオは半泣きで僕に怒り続けている。
家に入れない、ここで寝るしかない。
弁償してください。意味がわからない。と言い続けている。
怖い。弁償はするから許してください。
そうしているうちにも、容赦なく時は刻み続ける。
2人とも汗びっしょりで熱中症寸前だ。
その極限状態の中で、『網戸が少し壊れて開かなくなっただけで、何故ここまで人生が終わったかのように怒って泣けるのだろう。何故その横でうんこを我慢しているのだろう。』とふと頭によぎってしまい、その状況が面白くなってきて、一度思い出すと止まらなくなる。
笑ったら流石にやばい。
それくらいはわかる。
顔の筋肉を全力で殺し無表情を保つ。
肛門の括約筋を全力で締める。悪いのは僕だけなのだ。
笑いとうんこを堪えるのに必死だった。

2人でどれだけ押しても、網戸は開く気配はない。
ネバーエンドだ。
これはもうだめだ、どうにもならないだろうね。
意識が朦朧としてきた。
今までの、うんちを漏らした瞬間の僕が、走馬灯のように浮かんできた。

どうして僕はいつもひとりなんだろう。
と思っていた小学校の頃、学校の帰り道。
急にうんちくんがお腹をノックする。来訪はいつだって突然だ。
トイレなんて皆無で、原っぱしかなかった。
くりぃむしちゅーの上田さんみたいに帰り道で野糞する度胸もなく、(オールナイトニッポンでたくさん聞いたので)うんちくんからも学校からも何もかもから逃げたくて、全力ダッシュで家に走った。
そして玄関の扉に手をかけた瞬間、全部出た。

高校の時、学校に行きたくないと引きこもっていたころ、行きなさい!と母親に車に乗せられて学校に向かう途中、やっぱりどうしても行きたくなくて、どうやったら行かなくてすむのかと頭をフル回転した結果、お腹のうんち君に協力してもらって、学校直前で一世一代の力を使って漏らしたこともあった。
匂いで気付いたお母さんは、急いで路肩に車を止め、「いゃああ!」と、車から転げ飛び出ていた。(決して高校生のすることではない。お母さんごめんなさい。)

「魔人だ。魔人だ。魔人、魔人」荒波タテオの嗚咽混じりの声で現実に戻る。
お腹の中では、かわいかった少年うんち君が成長し、大人うんこさんになっていた。
うんこさんは、強い大人の力で一撃一撃重いパンチやチョップを放ってくる。僕のお腹は力道山の猛攻を受ける木村政彦のようになっていた。
もう耐えられない。漏らすしかない、もしくは上田さんのように野糞か。
いや、庭で野糞は、例え君と僕が一生の友達だとしても許されないだろう。
パンツくん、ズボン君、そしてもしかしたら靴下君と靴君、そして庭さん、ごめんなさい。

覚悟を決めた。

「漏らすよ、、」

と言ったその時。
みし、みし、と音がする。
横を見ると、荒波タテオが、ピクルの部屋の強化ガラスを押し通った範馬勇次郎のようにゆっくり網戸に突入していた。
ぐぐぐぐぐ、、、
ミチチチ、
ベリベリベリィィィィ

ばん!!
網戸が外れた。

「開きました!行ってください!!」

何とか間に合った。ことをすませて、部屋に戻ってみると、タテオが、金槌を持って立っていた。
なんだか殺気を感じた。
「まさか、それで僕を殺すつもりじゃないよね。」
「しませんよ!一緒に網戸直しましょう。」
トンテンカンテンと網戸を叩いて直して、布団に入る。
全部僕が悪いのだけど、寝しなに冷静になって振り返ってみると、遂に笑いが止まらなくなる。
この世の終わりみたいに泣いて怒って、手から血を流し、全力でその原因となった人間を罵倒し責め立て続けながら網戸を押す男と、その原因で諸悪の根源で、始まりの諸悪のうんこを全力で我慢する男。
今日の、地球の何らかのランキングで1位になっていたに違いない。
宇宙でもいいとこいったんじゃないか。
明日も、百年後も、笑える気がする。
タテオは、笑う僕を見て、「魔人だ。」と憤怒していた。

そんな夏休み

文・ランジャタイ 伊藤幸司

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