19回目の夏の君へ (ランジャタイ伊藤)

暑い
暑い1秒が連続する季節がやってきた。
灼熱の刹那が僕を襲う。
これで、もう37回目というのだから信じられない。
この季節に行く、夜の公園が好きだ。
ジョギングがてら、夜の公園によることも多い。

ある日、蒸し暑い夜の公園で1人、ぼーっとしていると、蝉の幼虫の大行進に出くわした。
なかなか壮大な光景だ。
見える限りでも、20匹はいるであろう。
地面は穴ぼこだらけだ。
それぞれのセミが、それぞれのセミなりの高いところを目指して、しっかりと地面を踏み締めている。
一歩一歩が力強い。

蝉を観察していると、セミのちびっ子ちゃんみんな、かなりの個性があるなあと感じる。
高いところを目指しているのは共通しているのだが、遥か高い木に登ってひたすら上を目指している子もいるし、適当な低めの壁ので折り合いをつけて、ある程度のところで羽化をはじめる子もいる。
同じ木でも、結構低めのところで羽化してたり、到底手の届かないような高いところで羽化してたり。あんまり高いとこに登るのはしんどかったのかなあ?『あんな高くまで登ってられねえよ!この辺でいいだろ!』てな感じなのだろうか?
2匹ぴったり並んで一緒に木を登っている子もいて、絶対この子たちは土の中から仲良しで、一緒に登って羽化しようねって約束してたんだろうなあと思う。
幼なじみなのか、兄弟か、姉妹か、双子か、恋人か、許嫁か、それとももう夫婦だったりするのだろうか。
それだったら早く成虫になって愛の営みとかしたかっただろうなあ。
土の中ではプラトニックでとても青春だったろうなあ。
思ったより早く背中が割れてきて、行きたい高さまで到達してないのに予期せぬ羽化の子もいるのだろうか。
そもそも、地面の中で一生を終えたい、外になんて出たくないって子もきっといるだろう。
断固たる意志で、出ないという選択肢をとった子だっているに違いない。

公園が、セミ生命に満たされていた。
僕は、その姿に魅入られ、目が釘付けになっていた。
あるセミちゃんに目が止まった。
背中が割れはじめている。
パリパリと小さな音がする。
その深淵から、まだ、色がついてない、真っ白な身体が少しずつ見えてきた。
背中にじんわりと汗をかきながら、セミのその姿をじーっと見ながら、意識が飛ぶ。僕は、何故だか生まれて19回目の夏のことを思い出していた。

19歳の夏。
まだNSCに行く前。僕には悩みがあった。
大きな声ではいえないが、ちんこが泣けるほど包茎であった。
どのように泣けるのかというと、皮が余りすぎて、まるで瓢箪のような形になっていた。
金閣銀閣に呼ばれて返事をしたら、僕はきっとこのちんこ瓢箪の中に吸い込まれて出られなくなってしまうだろう。
まるで頭山のような話だ。
おしっこをすると、瓢箪の上の部分におしっこがたまってしまい、毎回それを指で、搾り出さねばならなかった。(汚い話を延々とすみません。)
お小水を搾るのはもう勘弁。搾るのは、レモンと雑巾と乳牛の乳だけにしたいものである。
搾りがたまらなく情けなく、トイレに行くたびに、宇宙生命体ランキングの順位が下がっていくような気がしていた。

これはよくない。
その夏、僕は一大決心をし、包茎手術をすることにした。

インターネットで評判の良さそうな病院を探し、メールで予約をし、病院に向かった。
ドキドキ先生は、見た目でいうとまるで宮崎駿のようで白髪のいいおじいちゃんという印象だった。
宮崎駿がすこぶる好きな僕は、それだけで信頼を置けるような気がした。
ここで、手術を受けよう。
ドキドキ手術の日取りを決める。
ドキドキ高揚と不安を戦わせながら、お家に帰った。

手術前日の夜、これで、もう、搾乳のようにお小水を搾り出すこともしなくていいんだ。希望に満ちた日々がきっと待っているはずだ。、、、
いや、本当にそうなのだろうか。
何か穴はないのか。
何でも、前日というのは不安が蠢くものである。
不安の闇に飲み込まれそうになる。
後悔だけはしたくない。Googleで、
包茎手術 後悔
で検索してみた。
そうすると、出るわ出るわ。
それで分かったことは、手術で皮を切られすぎて、つっぱる皮の痛みに苦しむ人がいるらしい。
そしてつっぱられるせいで、手術の跡が、ミシン目のように醜く残ってしまうこともある。ということだった。
恐怖に震える。
これは、なんとか先生にお伝えしなくてはならない。
すこし、余裕を持って切ってもらおう。
僕のちんこのように不安に包まれながら、手術当日を迎えた。

晴天の真夏、蒸し暑い日の午前中だった。
ちりちりと、首元を日光が灼く。
辟易とする。病院の門を叩く。
受付には、宮崎駿。何故、院長先生が受付に。
エプロンをして、本当に宮崎駿みたいだった。
話を聞くと、その日の午前中は助手さんが午前休を取っていたらしく、先生と僕、マンツーマンの手術になるということらしい。

「こっちにおいで。」

手術室に案内される。ドキドキ手術室に入った。

清潔な雰囲気のするいい感じのお部屋で、言われるがままに黒い台に寝転がる。麻酔を受けて、手術が始まった。
先生はとってもお話上手聞き上手で、切られていることを感じさせないような、流れるようなトークをしてくれる。
僕は、家族のことやら何やら、お笑い芸人を目指していることまで、何でもかんでも話してしまった。
2人の談笑が続く。その流れの中で、そういえば、と僕が切り出す。

「インターネットで調べたんですけど、皮を切りすぎて、皮が突っ張ってその後痛みに悩む人がいるらしくて、出来れば、少し余らせ目にして、余裕を持って切ってもらえないですか?」

ピタ
と時が止まった。
会話も止まったし、空気が一瞬にして張り詰めたし。
手の動きも止まった。
あれ?
先生??
どうされましたでしょうか、

「、、、先生?」

「君は、、!ぼくの腕が信用出来ないということだね。そんなことは全部分かった上で、こちらは、やっているんだ。プロの仕事に、素人が口を出すものじゃない。それならば、もう縫わない。他を当たってくれ!」

他を当たってくれと言われても、もう、ちんこが開いています。

「先生、そんなこと言わないでください。縫ってください。」

「いや、もう、縫わない!一生この開いたままでいればいい!」

縫わないって、あなた。
ふと、下のちんこをみると、アジの開きみたいになっていた。
とても、この状態で過ごすことなんてできない。
しかし、当時、お笑いで天下を取ろうと意気込んでいた、トガリさいこっちょーの芸人前夜の僕は、売り言葉に買い言葉で言い返してしまった。

「なんなんですかあなた!この状態で縫わないって、何がプロだよ!プロ失格だよ!縫わないって、そんなことが可能ならやってみろよ!」

「はい、わかりました。」

宮崎駿はエプロンをとり、奥に引っ込んでしまった。

静寂が襲う。
音がなくなると、真っ白で、まるで精神と時の部屋のようだ。
最初は、なんなんだよ!あのじじい!とぷんすかしていたが。
当然身動きの取れない中で、首だけ動かして、時計を見る。
3分が経ち5分が経つ。1秒が永遠に感じられる。
やがて、もしかしたら、このまま本当に縫わない可能性もあるのでは。
と絶望感に襲われ始めた。
僕は、アジの開き人間のまま、残り80年を過ごすのだろうか。
そんなの嫌だ!精神と時の部屋に閉じ込められた魔人ブウの気持ちがわかる。
10分で、恐怖の限界を超えた。

「すみません、縫って、ください。。お願っ、いします。」
ひっくひっくうぐぐと嗚咽混じり
「僕が、悪かった、です。。ごめん、なさい。」
人とはもろいものである。

奥から、宮崎駿が出てきた。
しばらくこちらをじっくりと見つめる。
そして、何も言わず、エプロンをつけ、手術に取り掛かる。
縫われている間中、僕はひっくひっくと泣いていた。
「う、ひっ、う、ひっ、うぅ」と、嗚咽を押し殺す。
震えが下半身に伝わって手術に影響が出ないように、手の甲を噛んで上半身だけで泣いた。
僕は、なんて、情けないんだ。
なんて、無力なんだ。
人間とは弱い。
もし、ちんこの皮を開く拷問があったなら、きっと僕はあっという間に国家の秘密でもなんでもペラペラと話してしまうだろう。

僕が泣き止んだ頃、ちょうど手術が終わった。

「終わったよ。」

「ありがとうございます。」

涙が引いた僕は、やけに冷静だった。
先生がかちゃかちゃと器具を片付けている姿が、極限まで鮮明に、少し遅く見える。
もしかしたらこれがゾーンというやつなのかもしれない。
先生が、器具を片付けながら、背中で語る。

「お笑い頑張ってね。皮、君の言う通り、少し余らせめにしといたから。」

先生、、、!
その時の先生の背中は、故郷、鳥取の大山のように大きく見えた。

「ありがとうございます!頑張ります!」

病院を出て、一歩一歩、地面を踏み締める。
なんだか空が違って見えた。身体に当たる熱気も心地いい。
世界は、捉え方1つで同じものを見ても無限に変わる。
さあ、頑張ろう。
そして、包帯が取れ、一年が経ち、手術の傷は完全に癒え、NSCの門を叩いた。
高い高い頂を目指して。
僕のちんこは、縫い目がぎざぎざと、ミシン目のようになっていた。

37回目の夏の夜に戻ってきた。
セミちゃんが完全に羽化し、少し前まで身体だった殻から出てきた。
あの時の僕のちんこみたいだ。(ちんこちんこごめんなさい。)
ミーン!と産声をあげる。
真夜中に蝉が鳴いた。

文・ランジャタイ 伊藤幸司

TAGS