“格闘技界の博多大吉” 相手を傷つけず、自らも傷つかず勝利する職人 デミアン・マイア先生

デミアン・マイア=博多大吉

この説を筆者は小声ながら提唱し、微力ながら拡散し続けている。

デミアン・マイア。

またの名を”柔術セレブ”

今や色々な格闘家がいて其々イメージはあると思うが昔の格闘家のイメージといえば粗暴や野生的などちらかと言えばうるさいイメージがあったのは事実だ。

そんな格闘家のイメージとは真逆である品の塊であるのが柔術世界王者でUFCという世界最先端のMMAの大都会において40を越えて尚、寝技のみで勝負し続ける寡黙な匠がデミアン・マイアという男だ。

クズが蔓延する芸人界で唯一”先生”と呼ばれるのが大吉先生である様にマイアもUFCにおいて完全にデミアン先生なのだ。

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日々進化し続ける現代MMA。打投極の三角形がより大きく、バランスが良い選手が勝ち上がり栄華を極める中、マイアの三角形は寝技に特化し過ぎる。寝技のみといっても過言では無い。

もちろん打撃ができないというわけではないがマイアの打撃は全て寝技の為の布石であり打撃で仕留める気もこだわる気もさらさら無い。

そして、その寝技も大ベテランとなった最近はチョークのみ、ラーメン屋で例えるなら醤油ラーメン一本勝負。余計な事はしないからチャーシューの追加トッピングも無ければ大盛りすら無い。

「…うちはチョークだけだよ」

寡黙なマイアは対戦相手にそう断りを入れる。決して傲慢な態度は取らないが味(寝技)に絶対の自信を持つ店主(マイア)はこう語る…

「昔は塩(腕十字)とか味噌(三角絞め)もやってたんだけどね、今は醤油(裸絞め)だけだよ」

マイアは対戦相手を挑発しない。マクレガーやコヴィントンの様なトラッシュトーカーとは真逆の存在だ。

マイアには哲学がある。

“相手を傷つけず、自らも傷つかずに勝利すること”

およそ格闘家の座右の銘とは思えないが寡黙な男は頑なにそれを実行し続ける。マイアは寡黙で挑発はしないが内に秘める頑固さは誰よりも強い。そこら辺も大吉先生に似ている。

これを匠や先生と呼ばずして誰を呼ぶのだろう?

マイアの試合は美しい。試合開始から相手のバックを当たり前の様に取りに行きチョークを仕掛ける。この単純労働作業の繰り返し。

匠や先生といわれる人物の単純労働作業が他と違い、美しくいつまでも観ていられる様にマイアの試合は激しい試合の多いUFCにおいてどこか品がある。洗練された柔術の技術はまさに無駄を省いた究極の醤油ラーメンだ。

UFCウェルター級が誇る超一流の塩レスラーがマイアの寝技を嫌いタックルを延々と切り続けるが、マイアはテイクダウンを仕掛け続ける。

そりゃそうだ。マイアは醤油ラーメンしかないのだ。

普通ならただただ面白くない試合もマイアのバックボーンと哲学を知ればその揺るがない姿勢は美しく儚いのだ。

マイアがバックを取れば観客は湧き、チョークを極めれば諸手を挙げて称賛する。もちろん他の選手でもチョークを極めれば盛り上がるがマイアの場合、ずっとそれをどんな選手にも何年もやり続け、雨にもまけず、風にもまけず、己の柔術を信じてチョークのみを極めてきた。マイアが派手好きのUFCにおいて例外的にリスペクトされるのは宮沢賢治の様なひたむきさがあってこそだ。

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派手な芸能界という世界において博多大吉は地味な存在かもしれない。芸人なのに自分から積極的に前に出るタイプではなく、主張も誇張も表立ってする事はない。
あくまで博多華丸・大吉は華丸のコンビだというスタンスは絶対に崩さない。
自分にスポットライトが当たる場面があっても浮き足立つ事はない。

じゃあ大吉先生は自分に自信が無いのか?

…否。

大喜利とプロレスの知識に絶対の自信を持っている。相手(共演者)の力を使って返す(スイープ)事も抜群に上手い。

マイアと芸風は一緒なのだ。

2人とも冷静沈着だが実は情熱家で信念を曲げず返し(スイープ)が上手く極めが強い。

そして渋い男前。

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芸人界を騒がせるお笑い第7世代が台頭しようが、格闘技界を騒がせる近代MMAを究めた若手超絶アスリートが台頭しようが2人ともやる事は変わらない。

対戦(共演)が組まれれば戦う(仕事する)のみ。

グラップリングに絶対の自信を持つベン・アスクレンがマイアに絞め落とされた様に大吉先生に第7世代が大喜利やプロレスの知識で挑めばコテンパンにされるだろう。

そして、マイアがアスクレンを絞め落とした事をひけらかさない様に大吉先生が第7世代を狩った所で同様だろう。

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マイアは日本時間3月15日に故郷であるブラジルで新型コロナウイルスの影響で無観客で行われたUFCファイトナイト・ブラジリアで同胞で自分より一回り若いギルバート・バーンズにKO負けを喫する。

いつもの様にバックを奪いチョークを取る美しい単純労働作業の最中の一瞬の隙を突かれ左フックを浴びてKOされてしまった。

マイアはもう若くない。当たり前の事かもしれない。無観客の静寂の中、己の美学を貫きながら儚くも美しく散ったその負け様は感慨深かった。

もし大吉先生も自分より大喜利が優れている若手が現れても、それを受け入れ淡々と称賛するであろう。

移ろいが激しく、虚ろいも激しい現代社会で確かな実力とそれを自慢する事のない美学を貫き、内に秘める情熱を纏った温冷併せ持つ2人の”先生”の生き様は格闘家や芸人以外も学ぶ所があるのではないか?

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こんなガチャガチャした時代だからこそ、一本筋の通った生き方は永く愛される。

寝たら長いマイアも呑んだら長い大吉も永く愛されている。

博多大吉とデミアン・マイア

お笑いと柔術

日本とブラジル

表裏一体

この身勝手な相対性理論をこれからも筆者は小声ながら提唱し、微力ながら拡散し続ける。

PS.
デミアン・マイアを全く知らない人に分かりやすく人となりを説明すると、ブラジル人なのに1回もリオのカーニバル参加した事ないんじゃないか?というくらい真面目で寡黙で物静か。
趣味は直接確認した訳じゃないが予想ではおそらく読書。リオのカーニバルの最中も家で独りで読書していたという架空のエピソードもある。
おそらく前世は千利休。


文・鬼越トマホーク・坂井良多

sakai
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