フリースローがめちゃくちゃダサい 下手すぎて外すのを期待されていた珍プレイヤー

1980年代後半~1990年代前半のNBAに関する連載だというのに、登場人物が「誰それ?」的混迷を極める当連載だが、今回紹介したいのはChris Dudley(クリス・ダドリー)である。

まさに「珍選手」という称号が相応しい妙な局地的人気を誇った選手で、オレも今回彼について書こうと思ったのだがなんというこった……。

意外と活躍していた……。

これは衝撃的だった。何しろ自分の中のイメージでは「図体だけはデカいのろまな白人センターで、フリースローのポーズがすさまじくヘンテコリンで成功率がやたらと低いヤツ」といったものだったからだ。

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ダドリーのフリースロー成功率を見ると無茶苦茶である。「シャック」ことシャキール・オニールにはフリースローがヘタクソというイメージがあるが、通算52.7%を決めている。だが、ダドリーの通算は45.8%なのだ。ダドリーのフィールドゴール成功率は41.2%でこれもセンターにしては低いが、壊滅的なフリースローの成功率から考えると相対評価として「よくFGは決めているな」と思えてしまうのだ。普通、フリースローは70%ぐらいは入るものだろうよ。

しかも、ダドリーのフリースローは、あまりにもフォームが特殊なのだ。真剣な眼差しでリムを見る。そこからなめらかなフォームでシュートを打つのかと思ったら、突然カクンとした動きでボールを頭上に上げ、一呼吸置いてからぎこちなくシュートをするのである。

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もはや、ダドリーが所属したチーム(キャブス、ネッツ、ブレイザーズ、サンズ、ニックス、再びブレイザーズ)の試合を見る観客は「今日はダドリーのあのヘンテコなフリースローを見られるぜ!」といった楽しみさえ持っていた。テレビの実況もダドリーのフリースローが失敗するかどうかを煽っていた。

当時、ホームチームのファンはもちろんホームチームの選手の活躍と我がチームの勝利を祈っていたが、敵チームのことも当然楽しみにしていた。相手がシカゴ・ブルズであれば「あのジョーダンがやってくる!」だし、LAレイカーズだったら「マジック・ジョンソンのプレーを目の前で見られる!」といった形で、ホームチームが弱いチームであったとしても、相手の素晴らしいプレーを見られるのであればまぁいいか、的な雰囲気だった。

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さて、ネッツ時代のダドリーである。1990年~1993年、ネッツは弱かった。デリック・コールマンは入団したものの、我がブルズからすれば「大抵は勝てる」といったチームである。だから「いかにブルズがヤツらをmassacre(虐殺)するか」といったことを楽しみにしていた面があったのだが、やっぱりシカゴ・スタジアムのファンはダドリーがいかにフリースローを外すかも楽しみにしていた。

冒頭で「意外と活躍していた」ということなのだが、なんと、ダドリーはオレが思っていた「フリースローがヘタ過ぎてヘンテコ過ぎる」というイメージとは裏腹に、1987-88シーズンから2002-2003シーズンまでの17シーズンをNBAでプレーし続けていたのだ! 引退時の年齢はなんと37歳である。

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正直、オレのイメージでは、8シーズン、30歳で引退していたと思っていたのだがかなりしぶとかった。当然、これだけ様々なチームでプレーしているだけにJourney man(旅行する男)的な扱いは受けていたが、大した活躍ぶりである。しかも、彼は元々頭がいいヤツしか行かないイェール大学出身で、2010年にはオレゴン州の知事選に共和党から出馬し、僅差で負けたという華麗なる転身までしていたのだ!

そんなダドリーは1992年にNBAファイナルに進出したポートランド・トレイルブレイザーズの先発センターとして1994-95シーズンは活躍していたのである!

全82試合中82試合に先発し、平均プレー時間は27.4分で、5.5点、9.3リバウンド、0.4アシスト、0.5スチール、1.5ブロックとディフェンスの要としてはまぁまぁの成績である。ダドリーはキャリアのアベレージでは3.9点、6.2リバウンド、0.4アシスト、0.4スチール、1.2ブロックとこれまた「バックアップにいたらそこそこ信用できるセンターだよね」というタイプだ。

とはいっても、最も活躍したこの年であっても、フリースローは46.4%しか決めていない。もっともひどい年は1989-90シーズンで31.9%なだけに、これよりはずっと優れているが、まぁ、ロクな結果ではない。

そして、ダドリーはキャリア最後の2年間はポートランドに戻ったが、なんと最後の年は3試合の出場にとどまり、一本もフリースローを打っていない。これはファンにとっては「入場料を80セントぐらい返せ!」と言いたくなったことだろう。

そして、ダドリーのWikipediaには、「歴史改竄」的な項目がある。これを訳してみる。

ダドリーと現在の最高裁判事・ブレット・カヴァナーが1985年にバーでケンカしたことが2018年10月に報じられた。この時、2人は氷とグラスをバンド・UB40のアリ・キャンベルに似たようなルックスの人物に投げつけたのだという。だが、「ガーディアン紙」にキャンベルが寄稿したところによると、ダドリーとカヴァナーとされた人物とキャンベルはケンカしておらず、バーにも行っていなかったそうだ

ダドリーとイェール出身のカヴァナーはこうした騒動を起こしていたと報じられたが、なんで「UB40のキャンベル似の男」というのがここに出てくるのかがまったく分からない。

いずれにしても、キャンベルにとってはとんだとばっちりだし、学生時代のバカ騒動を2年前に蒸し返されたダドリーも間抜けで「あぁ、今でも話題を提供してくれてありがとう」としみじみと思ったJourney manの人生である。

次の次の大統領選にダドリーが出てきたら面白いな。何しろ2メートル11センチもある巨漢が大統領になったらこりゃ、毎度注目されるぞ! ウヒヒ。

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文・中川淳一郎

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