ウィリアム・フリードキンという解放 (永野)

昔テレビでウィリアム・フリードキン監督の『L.A.大捜査線/狼たちの街』を観て戦慄が走りました。だからと言ってそれからもう一度観る事もなく時は流れ最近急にまた観て再び戦慄が走りました。

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先日、金子ノブアキ君と話したのですが、ロック好きの悪い癖ですぐに「戦慄が走った」やら「最高だった」やら「衝撃的だった」やら口走ってしまいます。自分なんか多い日には5回戦慄が走り、それだと普通に死んでるんじゃないかと思います。
そんな戦慄映画の何が戦慄かって、自分がこの日本の義務教育で育ち社会に出て周りの人間や雑誌やテレビに悪く言えば洗脳されていた価値観がバラバラと崩れていく音がしたのです。本当はバラバラと崩れていく音はしません。先ほど言ったロック好きの大袈裟な表現です。

「四十にして惑わず」という言葉がありますが、自分は孔子にキレられるレベルで戸惑いまくりで、ブレイクしたのを良いことに先程話した金子ノブアキ君も関わってる映画『MANRIKI』でその戸惑いの感情を炙り出し、大体その辺りからそういった事を考え始めたのですが、やはり自分は自分の人生に後悔が強く、それは周りの人間や社会からの洗脳めいた圧から来る発作で、『L.A.大捜査線/狼たちの街』はそこからの解放を提示してくれたように感じて自分の中ではとても気持ちの良い映画でした。

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とは言えそれも客観的に見て新しい洗脳と言えば洗脳なんですが一旦そんな屁理屈は置いといて、これからは周りの人間にとって良くない人間に見えようとも構わないと思いました。いや、最初から自分は周りにとって良くない人間なのですが、これでも気を遣っていた方で、これからはもっと図々しくなろうと思い、ここから完全なる自由を目指し、ウィリアム・フリードキン監督の他の代表的な作品『フレンチ・コネクション』『エクソシスト』(すみません、正直に言います。他は観てません)をこの際数年ぶりに観たらどれも本能に忠実な人間の姿で、自分は好感度もないし誰からも期待されてない事をいい事にもっと素直な人間になっていこうと思いました。

しかし素直な老いぼれなど若者からしたら不快でしかないよな?ああ違う!自分ははなから期待などされていなかったのかごめんなさい!と頭の中で堂々巡りになって、無理矢理にでも自分に素直になろうと感情の赴くままにご飯を食べていたら体重が増えていました。

文・永野

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