私にとってのボヘミアン・ラプソディ (永野)

ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』が発売された1991年にフレディ・マーキュリーは亡くなりました。自分は当時17歳でクイーンの事はよく知らず、とにかく死因がエイズだという事が話題になった事を覚えています。それからその年に再発されたシングル『ボヘミアン・ラプソディ』を何故か買って予備知識なしに聴いて戦慄が走りました。「こんな曲今まで聴いた事ない!」。

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それからひたすら聴きまくる時期があり、忙しい展開全てが好きになりました。完璧にコントロールされた一曲だと思いました。そして和訳も気に入りまして、懺悔のような歌詞だったと思うのですが、その孤独感が清々しくて痛快だったのを覚えています。
しかしそこから本格的にクイーンにハマる事はありませんでした。原因はフレディ・マーキュリーのルックスです。全く憧れませんでした。今だったら「それはそれで」と認める事も出来るのですが、当時ロックは音よりもルックスでしょという考えの自分にとって惹かれる要素は1ミリもなく、更にはグランジ病だった自分にとってオペラのような美声が『ボヘミアン・ラプソディ』以外の曲ではピンと来なかったのかもしれません。
『ボヘミアン・ラプソディ』の統制された美しさに感動したくせに薄情にも「ロックはもっとルーズじゃないと!」と思ってました。その頃はヘヴィメタルもダサいと思っていて、パンクを通ってグランジに辿り着いてたので様式美みたいなものを軽蔑するのが自分のスタイルだと思っていたのでしょう。

「思っていたのでしょう」といかにも成長した自分が過去を振り返ってるような言い方をしていますが、いまだに達観した表情の人間をからかったりしますし、本質は何も変わってないと思います。でも最近になってこんな姿勢で生きてちゃ損しかしない事を痛感しています。つまり世の中は世代を超えた調和や見事な振る舞いや真摯な発言という健全かつ野暮なものをよだれを垂らして待っていて、グランジ病というあえてルーズに堕ちていく粋な姿勢なんて不快でしかないんです。
だから自分はグランジに被れる事から卒業して「心に響かせる言葉」「安心」「知られざる美談」を売って生きる事でよだれを垂らした人々の口の中に甘い砂糖を流し続けて太らせつつ自分の懐も暖かくしてやろうかと自暴自棄なテンションで悟り顔の練習に励みましたが、ギリギリ人の心が残っていたので照れ臭くてやめました。

文・永野

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