朝倉未来はいかに“路上の伝説”になったか? 強い奴とやれるなら誰でもよかった

格闘家でチャンネル登録者数160万人超えの人気YouTuberでもある朝倉未来が「RIZIN.26」に出場、前DEEPフェザー級王者の“サラリーマンファイター”弥益ドミネーター聡志を左ハイキックで沈めKOで復活勝利を飾った。その朝倉だが、自身初となる自叙伝『路上の伝説』(KADOKAWA刊)を発売。

本書の第一章は、朝倉が格闘家を志すずっと以前──これまで公にされてこなかった幼少期からはじまる。生まれながらに恵まれた身体能力と空手との出会い、習い始めた相撲について回想しているのだが、興味深いのは、小学校4年生のときに父親から相撲を勧められた点。「俺の気の弱さを克服させようとしてのことだった。子どもの頃の俺は、身体能力こそ高かったものの、気持ちの方は勝ち気ではなかったらしい」と述懐している。

「強くなりたい」一心で毎日格闘技の練習漬けだった朝倉だったが、転校を機に売られはじめた喧嘩を“買って”しまったことで、喧嘩をいうものが持つ抗えない魅力を感じてしまう。しかし、それは同時に「空手って本当に強いのかな?」という疑問や太れない体型の限界から格闘技に対するモチベーションが低下することを意味していた。

“強い奴とやれるなら、相手は誰でもよかった”

格闘技とは一時距離を置いたその後は、喧嘩三昧の中学時代、50対2の対決、タイマンするために暴走族に入り、地元の不良では知らないものがいない副総長にまで成り上がる喧嘩ヒストリーとなるのだが、朝倉はまるで他人事のように淡々といきさつを描きつづる。「不器用な真面目さ」と自身が分析するように、朝倉は少年時代から一定の戦いに対する俯瞰の目線、いわば「冷めた目」がすでに醸成されていったのではないだろうか。

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