信用できる人は去るか、死ぬ マイク・タイソンの人生は“喪失の物語”

今年の11月、あのマイク・タイソンがリングに帰ってくる。54歳となった元世界ヘビー級統一王者、伝説の帝王タイソンが自らグローブを身につけ、再び我々の前でファイトを見せてくれると言うのだ。

Mike Tyson/YouTube

この報に世界中のボクシングファン、格闘技ファンが湧いたことは今さら言うまでもないが、これがいかに奇跡的なことか。それは、自ら執筆した2013年の自伝『真相—マイク・タイソン自伝』(ダイヤモンド社)を読めば読むほどに分かる。その圧倒的戦歴以上に、タイソンの人生はドラマに満ちているのだ。

1985年、18歳でついにプロデビューしたマイク・タイソン。そこからはあっという間だった。時に根をあげながらも、決して逃げ出さず厳しい練習を続けたタイソンは、デビューしたときから既に王者だったのだ。逃げ出せばスラムの地獄へ逆戻りしてヤク中として死ぬほかないタイソンにとってボクシングは夢であり、唯一の救済への道だったのだ。それゆえかつて筋金入りの不良だった少年は、文字通りボクシングに身を捧げ、その結果翌年には史上最年小でWBCヘビー級王者の座についてしまう。

この結果だけを見れば、恵まれない青年の輝かしいサクセスストーリーだろう。しかし、タイソンがチャンピオンになる直前、デビューから脅威の11連勝を飾った直後のこと、唯一無二の恩師カス・ダマトはこの世を去ってしまったのだった。栄光を手に入れた姿を見せることが叶わなかったタイソンの悲しみは深く、師として、そして親として導き支えてくれる人を失った若きチャンプの人生は大きな矛盾を孕んで行く。

マイク・タイソンの人生を振り返ると、それは常に喪失の物語だったことに気づく。ボクシングの王となり、破天荒で奔放すぎる強烈エピソードが多すぎるからか、あるいはおそらく本人も辛すぎて本書を執筆するまで大々的に語ろうとしなかったからだろう。しかし、タイソンの半生は大切な人々との別れに満ちているのだ。

カス・ダマトとの別れは、もちろんタイソンの人生に大きな影を落とした。しかしそれ以前に、実は16歳のときに母を失くしている。母子関係に明らかな問題はあったが、大人になってもタイソンの心にはまるで子供のような幼さがあり、自閉症的傾向とでも言えそうな純粋さを抱えていた。そんなアンバランスな心のまま、有り余る力と金と名声を一気に手に入れたのだから余計にやっかいである。栄光と喪失が一気に押し寄せる中、母の死に対面した際の自身の行動は、長きにわたって罪悪感をもたらしたという。しかも1991年には、気丈で頼りにしていたという姉のデニーズも亡くしている。

ただでさえ激動の人生、歯車が一個また一個狂ってゆけば若いタイソンが暴走してゆくのは当然だった。金を巡るトラブルも絶えず、本当に信用できる人間はひたすら少ない中、信用できる者ばかりが去るか、あるいは死んでゆく。タイソンの人生はどんどんと常軌を逸してゆくのだ。

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