イジメられっ子から喧嘩師へ マイク・タイソンの狂気と暴力が覚醒した瞬間

今年の9月、あのマイク・タイソンがリングに帰ってくる。54歳となった元世界ヘビー級統一王者、伝説の帝王タイソンが自らグローブを身につけ、再び我々の前でファイトを見せてくれると言うのだ。この報に世界中のボクシングファン、格闘技ファンが湧いたことは今さら言うまでもないが、これがいかに奇跡的なことか。それは、自ら執筆した2013年の自伝『真相—マイク・タイソン自伝』(ダイヤモンド社)を読めば読むほどに分かる。その圧倒的戦歴以上に、タイソンの人生はドラマに満ちているのだ。

ブルックリンで生まれたタイソンが、あの時代のアメリカの多くのスラム出身者同様、悲惨な境遇で育ったことはよく知られている。ストリートの子供たちは皆10歳になる前から銃を握り、強盗強奪、喧嘩に明け暮れ、親兄弟はクスリと売春と病気にまみれていた。タイソンの父は2歳の時に蒸発し、母は売春の斡旋まがいの商売で日銭を稼ぎ、周囲には売人とポン引きと窃盗品の取引で暮らすような人間しかいなかった。そんな、タフでなければ生きて行けない環境で、幼いタイソンは気弱ないじめられっ子だったことは有名だ。

愛情のない、暴力に満ちた暮らしの中、タイソンの唯一の心の平穏は可愛がっていた“鳩”たちだった。しかしその鳩をめぐる諍いが、タイソンの中の狂気と暴力と欲望を覚醒させてしまう。路上での小さな事件が後の帝王を生んだといってもいいかもしれない。怒りと暴力を解放したタイソンはその後、街で最強の喧嘩師になったのだ。

鳩の一件で、いじめられっ子から転じて街で最強最悪のキッズとなったタイソンだったが、そのときはまだ10歳かそこら。しかし、ニューヨークの賭けストリートファイトの世界では知られた名前になり、自分の拳の力とそれへ向けられた喝采に酔いしれていた。そこからは悪事の道へ一直線、大人だろうと警察だろうと邪魔な者は殴り倒し、毎日のように逮捕されていたので、警察でマイクを知らない者はおらず、ついには少年院に送られてしまう。

その頃は既に「母親にも見放されていた」というが、自分を支えるものは自らの拳以外になかったのだろう。愛情に飢えていることにすら無自覚だったはずだ。ひたすら力を振るうことで生き延びていたタイソンには、そんなことを思う余裕すらなかったのではないか。

NY北部の少年院で、タイソン少年はボクシングと出会う。指導員の1人ボビー・スチュワートは元プロボクサーで、ボクシングの指導を行っていたのだ。マイクの資質を見抜き、タイソンに指導することになるが、すぐに「教えることがなくなった」として、伝説的トレーナー、カス・ダマトに紹介する。この出会いもまだタイソンはわずか13歳。しかしタイソンの資質に驚愕したカスは、弟子として引き受けると、自宅で共同生活を始め、自分の知るありとあらゆることをタイソンに教え込む。

偉大なボクサーになるために必要なこととは、ひいては立派な人間になることと同義である、と言うカスの存在は、崩壊した家庭で愛を知らずに育ったタイソンにとって、ほとんど親のような存在となった。カスはカリスマ性に溢れ、その言葉は禅のマスターのようであり、生きる指針を知らなかったタイソンはカスの言葉を信じ、史上最高のボクサーになるという夢を自らの使命としたのだ。本書ではカスとのエピソードがいくつも語られるが、実際カスの言葉は興味深く、常に核心を突き、深みをたたえている。

そうして苛酷な訓練の最中、13歳で初試合に挑んだタイソン。「リングに上がる前は死ぬほど恐ろしかった」と言うが、マイクは勝利の味をすでに知っていた。その後は無数の違法掛け試合で経験を積み、ドサ廻りの危険さや、世の理不尽さを知ることとなる。そのあたりのエピソードはアメリカの人種問題や周辺の闇社会を振り返るという意味でも興味深い。

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