マイケル・ジョーダンが一度だけ使用「幻の背番号」とは?

マイケル・ジョーダンといえば背番号“23”。幼いころの憧れであった兄・ラリーの背番号が“45”であったことから、「兄の半分以上は上手くなりたい!」という気持ちで使用し始めたものである。しかし、今となっては全世界のバスケットボールプレイヤーが憧れる番号となっている。

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I wanna go back so bad…🏀

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そんなジョーダンの代名詞とも言える“23”だが、実は別の2つの背番号でプレイしたこともある。

ひとつは兄と同じ“45”。1993年にジョーダンの父が亡くなり、その父との約束を果たすためにNBAから離れ、メジャーリーグに挑戦。その時に着けていたのが“45”だった。その後、NBA復帰を果たした1994-95シーズンでも野球選手時代に引き続き“45”を背負ったが、成績不調からの心機一転のため、数十試合のみ着用して“23”に戻した。

そして、もうひとつの背番号が“12”である。しかし、この数字はジョーダンにとって縁もゆかりもない。では、なぜこの背番号を着けたのか? その答えはジョーダンの圧倒的人気が引き起こした事件のためだった。

1990年2月14日、ジョーダン率いるシカゴ・ブルズはオーランド・マジックの本拠地に乗り込んでいた。アウェイ6連戦の最後であったこの日、ロッカールームからジョーダンのユニフォームが盗まれていることがわかった。

会場内のスタッフを集めて必死の捜索をするも見つからず、「ジョーダンのユニフォームならそこら中にあるぞ!」ということで、ファンが持っているジョーダンのユニフォームを借りようと試みたが、身長約2mのジョーダンにフィットするものは無かった。

ブルズとしても予備の“23”のユニフォームを用意していなかったため、急遽、緊急用のユニフォームである“12”をジョーダンが着ることとなったのだ。

NBA/YouTube

誰のものでもないユニフォームなので名前も入っていないが、ジョーダンには関係なかった。この日のジョーダンは49得点という超ハイスコアを記録。まるで、「背中に名前なんかなくても、オレだってわかるだろ?」と言わんばかりのハイパフォーマンスを披露した。

こうした珍事のためにジョーダンが着用した幻の背番号“12”。ユニフォームを盗んだ人物も、この幻の背番号が後から欲しくなったことだろう。

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