ジョーダン、伝説の“フリースローダンク”はどのように生まれたか

1988年NBAスラムダンクコンテスト。決勝の舞台に立ったのは、3年前と同じドミニク・ウィルキンスとマイケル・ジョーダンだった。

彼らが初めてダンクコンテストで戦ったのは1985年。当時ルーキーだったジョーダンは、そのプレイスタイルやルックス、バスケットシューズ“Air Jordan”などで一大ムーブメントを巻き起こしていた。一方のウィルキンスも、リーグ屈指の得点力を発揮するアトランタ・ホークスのエースだった。

スラムダンクコンテストは、いわばスター選手への登竜門。1年目のジョーダンと、3年目のウィルキンスにとっては絶対に譲れないタイトルだった。結局、この年のコンテストを制したのはウィルキンス。パワーと高さを併せ持つ豪快なダンクで、ルーキーのジョーダンにNBAの厳しさを教えた。

Hoops Madness/YouTube

それ以降は怪我などで2人の戦いを見ることはできなかったが、3年が経った1988年にその時が来た。両者は危なげなく予選を突破し、決勝で再び顔を合わせることになったのだ。

“美しさ”を武器とするジョーダンと、圧倒的な“高さ&パワー”を見せつけるウィルキンス。それぞれの特徴が色濃く出たこの対決は、スラムダンクコンテスト史上最高バトルの1つとして今も語り継がれている。

決勝のダンクは1人3回、それぞれ50点満点で審査される。最初の2回でウィルキンスは圧倒的な高さを活かした1人アリウープと、ベースラインからのウインドミルを披露。見事50+50の100点を獲得する。一方のジョーダンは流れるような動きでダブルポンプバックダンク、ゆりかごダンクを披露するものの、50+47の計97点。ウィルキンスが一歩リードする形となった。

そして、両者最後の実技。まずはウィルキンスがまたもやベースラインからウインドミルダンクを叩き込む。しかも、先程よりも難易度がさらに上がる、両手でのウインドミルだった。「勝負は決まったか」と思われたが、結果は45点。ジョーダンにチャンスが生まれた。

そしてジョーダンにはとっておきの秘策があった。“ダンク王”ドクターJこと、ジュリアス・アービングが得意としたフリースローラインダンクだ。ハーフコートよりも後ろから助走を開始したジョーダンは、ドリブルを2回3回とつき、リングのはるか遠くからテイクオフ。空中に勢いよく飛び出したジョーダンは足を交互に振り、腕を曲げながらリングに向かう。そして、高さ305cmのリングへ到達、完璧に“伝説”のダンクを成功させた。

NBA/YouTube

会場中が盛り上がり、文句なしの50点を獲得。ウィルキンスが合計145点、ジョーダンが合計147点で見事に3年前の雪辱を果たした。

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