ジョーダンが、たった1試合だけ「エアジョーダン」を履かなかった日

マイケル・ジョーダンとそのシグネチャーシューズ「エア ジョーダン」の存在がバスケットボール界とスニーカーカルチャー、さらにはストリートカルチャーに与えた影響は計り知れない。1984年に「エア ジョーダン1」が誕生して以来、現役時代を通してジョーダンにとって同シリーズは相棒であり、また現在に至るまで、デザイン変更や機能強化といったモデルチェンジを繰り返しながらブームを牽引し、絶大な人気を誇ってきた。

そんなジョーダンが、一度だけ「エア ジョーダン」を履かなかったことがあるのをご存知だろうか。一度目の引退からNBAに復帰した1994-95シーズンのプレイオフでのことだ。自身の不在時に“ジョーダン2世”として活躍していたペニー・ハーダウェイのシグネチャーシューズ、「エアフライト」を着用して試合に臨んだことがあったのだ。ジョーダンがほかの選手のシグネチャーシューズを履いてコートに立ったのは、後にも先にもこの時だけだ。

イースタン・カンファレンスのセミファイナル第1、2戦、ハーダウェイが所属するオーランド・マジックと対戦したジョーダンは、「エア ジョーダン11」を着用。しかしこの時のジョーダン11は、後に一般発売もされる“黒のナイロンメッシュ×黒のエナメルレザー×赤ソール”モデルではなく、“白のナイロンメッシュ×黒のエナメルレザー×青ソール”という配色だったため、「シューズは黒ベースで統一」というチーム規定に反していた。そのためリーグから罰金(5,000ドル)の対象となってしまった。ジョーダン1が誕生した時にも同様に罰金を払っていたことを思い出させる出来事である。これを受けてプレイオフ第3戦、ジョーダンは相手チームのハーダウェイのシグネチャーシューズを履くことを選んだのである。過去の「エア ジョーダン」モデルを着用するという選択肢もあったはずなのに、あえてライバルのシューズを選んだのである。

当時のハーダウェイと言えば、ジョーダン不在のNBAにおいて“ジョーダン2世”として将来を期待されていた実力者だが、ジョーダンをリスペクトし、前年には「エア ジョーダン9」の特別モデルをナイキにオーダーしていたほどだった。一方のジョーダンも、次世代のスーパースター候補の存在を見逃すはずがなく、95年のプレイオフは新旧才能がマッチアップする絶好の機会となった。ハーダウェイにとって、ジョーダンが自身のシグネチャーモデルを着用してくれることは最高の名誉だっただろう。

米ESPNのインタビューを受けたハーダウェイは、「マイケル・ジョーダンが、ナイキにエアフライトをオーダーしたんだ。最強のプレイヤーが、理由もなく他人のシューズを履くはずがない。それは俺にとってはこの上なく光栄だった」と当時を振り返っている。

そしてその返答として、ハーダウェイもジョーダンへ最大級のリスペクトを送ることになる。今度はハーダウェイがナイキに頼んで「エア ジョーダン11」を送ってもらい、プレイオフシリーズを通じて着用したのだ。「エア ジョーダン11はとにかくカッコよかった。パテントレザーなんて誰も思いつかないアイデア。フューチャリスティックだった」と、その後に世界中で大ヒットする「エア ジョーダン11」に一目惚れしたことをハーダウェイは告白している。

ちなみに「エア ジョーダン11」が一般発売されたのは1995年11月のこと。またハーダウェイのシグネチャーモデル代表作、「エア フォームポジット ワン」が登場したのは1997年。スター選手の活躍と様々なシグネチャーモデルの誕生により、世界中のスニーカー熱がますます高まっていった時期である。

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