驚異の滞空時間 空中を歩く“エアー”ジョーダン、オールスター伝説のスラムダンク

開幕直前の「NBAオールスターゲーム2020」。その本戦の前夜祭、オールスター・サタデーで最も注目すべきイベントといえば、やはりスラムダンクコンテストだろう。全人類のトップ・オブ・トップの身体能力を持った選手たちが集まるこのコンテストでは、数多くの名ダンカーが生まれてきたが、今回は“神様”マイケル・ジョーダンにフォーカスしてみたい。

ジョーダンがスラムダンクコンテストに出場したのは計3回。NBA入り1年目(1985年)と、3年目(1987年)、4年目(1988年)だ。ルーキーイヤーの初出場時、すでにNBAのスターとなりつつあったジョーダンがどんなダンクを見せてくれるのか、ファンの期待は高まっていた。そんなジョーダンの初スラムダンクコンテストは、自身の代名詞にもなっているフリースローラインからのダンク、“レーンアップ”で自身の跳躍力を世に知らしめた大会となった。残念ながら、決勝ではこちらも名ダンカーである“ヒューマンハイライトフィルム”ことドミニク・ウィルキンスに完敗してしまったが、ジョーダン=“レーンアップ”という印象を深く残した年であった。

翌年の1986年は怪我で欠場し、2回目の参戦となった1987年のスラムダンクコンテストでジョーダンは初優勝を飾ることとなる。この年、予選で“レーンアップ”を披露したものの、49点と惜しくも満点を付けてもらえなかったジョーダン。しかし、彼はそれだけでは終わらず、ジョーダンオリジナルの名ダンクを炸裂させたのだ。それは左サイドからの横向きウインドミルである。このダンクはジョーダンならではの滞空時間と、まるで空中で歩いているかのような動きで会場の度肝を抜いた。ジョーダンも「これは俺にしかできないぜ!」と言うかのごとく、予選と決勝で一度ずつ披露。このダンクは2回とも50点満点を叩き出し、スラムダンクコンテスト初制覇を遂げた。

そして最後の参加となった1988年。決勝の相手は1985年に負けたドミニク・ウィルキンスであった。2人のチャンピオンの対決は、両者1本目から満点のダンクを決め、熾烈な争いに。しかし、ジョーダンの2本目のダンク、ボールを両手で抱え込んでシェイクしながら決める“ゆりかごダンク”は会場の盛り上がりとは裏腹に47点であった。逆にドミニクは2回目も満点ダンクを叩き込み、勝負は決したかと思われたが、やはり勝利の女神は神様の味方であった。ドミニクの3本目のダンクはそれまでよりも完成度が高く、確実に満点かと思われたが結果は45点。これで優勝への道が開けたジョーダンは、最後にシグネチャーダンクの“レーンアップ”で締めくくり、見事50点満点で逆転優勝を果たすのであった。

NBA/YouTube

史上初の2連覇を成し遂げたジョーダン。あなたは空中で歩くことができるのですか? という問いに、「ああ。少しだけならね」と粋なジョークで返すあたりも、バスケットボール界最高のエンターテイナーである所以だろう。

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