乱闘は全員参加、ヒットマンの存在… 番長・清原×大魔神・佐々木、90年代を語る

清原和博が、自身のYouTubeチャンネル『清ちゃんスポーツ』で、同じく元プロ野球選手で一番の親友という佐々木主浩氏と対談した動画「【番長×大魔神】〜俺を抱いた男たち〜漢気対談!!清原も佐々木も野球界に喝」が公開されている。そのなかでプロ野球人として2人が体験した乱闘シーンや死球のきっかけについて赤裸々に語っている。

清ちゃんスポーツ/YouTube

2人の話題が試合中のデットボールに及ぶと、佐々木氏は昔を振り返り「俺は1990年に(プロ球界に)入ってる。そこから3、4年は『当てろ』のサインはあった。ぶつけろって! 自分が当てられたら当て返す」と、実際にデットボール指令のサインがあったと公言する。「だから古田(敦也=スワローズ)さんがよく当てられてるのはキャッチャーだから。キャッチャーが一番当てられるのね」と話し、「手首とかに当てたら怪我のもとになるから、ちゃんと背中かお尻に当ててあげるの」と語った。

清原氏は「1年間が始まる試合前の全体ミーティングで監督が言うんですから。『そのチームのクリーンアップの選手が当てた場合は仕返しするって』」と言うと、佐々木氏も「そうそう、あった」と同意。清原氏は続けて「乱闘は全員参加。それを守らなかったらすごい罰」と、乱闘には選手は強制参加だったことを公言。

佐々木氏は「昔はセ・リーグは熱いから、ドラゴンズ戦は小島(弘務=中日)と鹿島(忠=中日)さんが出てきたら『来た!ヒットマン』って言ってたもん。『ああヒットマン出てきた』って言って、『誰か当てられるぞ』って」と笑いながらコメントすると、清原氏は「どのチームにも居たんですよ、ヒットマンが!」と当時の裏話を語った。

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