木村ミノル、格闘技が好きな理由「逆転こそ人生のミッション」

木村“フィリップ”ミノルはK-1のリングで鎬(しのぎ)を削るファイターであると同時に、我々と同じく、日々配信される最新の音源やMVをチェックし、ストリートの動向に注意を払う熱心なラップファンでもある。この連載は、そんな木村選手のラップと格闘技まみれの日常をお届けしていく企画。
しかし今回は少し趣向を変え、映画「ジョーカー」について話を聞いていく。単なる映画語りではなく、作品を通じて自身の人生を振り返りつつ、その成功の秘訣を語る内容となっているので、映画〜格闘技ファンはもちろん「最近どうも生活がパッとしない」と考えている方々にも、是非ご一読いただきたい。

『ジョーカー』は自分や周りの状況を投影して観てしまう作品

ーミノルさんは映画もよく観ると伺ってるんですが、最近気になる作品はありますか?

ミノル:『ジョーカー』です!(即答)。まず「これは単純に映画として優れてるぞ」と思ったんですけど、エンドクレジットで『ハングオーバー』を撮ったトッド・フィリップスが監督だと気付いて「振り幅がすごいな」と驚きましたね。僕はヒットする作品って、どこかで世の中の今後を予見していると考えてるんですよ。特にラップとかハリウッド映画はそういう傾向が強いと思う。だからこそ人間の狂気を描いている『ジョーカー』は、観終わった後にすごく考えさせられましたね。

―世間ではかなり感想が割れてます。

ミノル:説明が多い映画ではないから、人によって解釈が分かれるし、ネットにも色んな推測が出ていますよね。そういうのを比べるのも面白い。で、思ったんですけど、おそらく『ジョーカー』って自分や周りの状況を投影して観てしまう作品なんですよ。だから中にはラストを観て、スカッとする人もいると思う。

―え…あの結末を観てスカッとしてる人がいるんですか? それは怖い…。ミノルさん自身はどう観ました?

ミノル:人間の潜在意識が行動に与える影響を描いてるんじゃないですかね。人って、自分の心のどこかに隠れている、自分でも存在に気付いていない「潜在意識」の影響を受けて行動していると言われていますよね。後に『ジョーカー』になってしまうアーサーは、他人から言われたことを全部覚えているような人じゃないですか。一緒に暮らしている寝たきりの母親の言葉はもちろん、他人からバカにされたことや笑われたことを全部覚えている。彼はそういう周囲の言葉をネガティブな形で心に溜め込んで、潜在意識を育ててしまった。

潜在意識には、現実に起きたことだけではなくて、自分が元々持っている先入観とか印象とか思い込みとか、要するに「自分がどう感じたか」がミックスされてインプットされてるんわけですよね。だから結局は自分にとっての真実でしかない。例えば、僕らは他人が笑っているのを見て「自分の事をバカにしてるんじゃないか?」と感じてしまうことがありますよね? その結果、勝手に憎んでしまったりすることもある。

ー濡れ衣を着せてる、と。とはいえアーサーはひたすら酷い目にあっていた気も。

ミノル:たしかにすごく酷い目には合ってるんだけど、彼の周りって全員が嫌な奴ってわけではなくて、小人とか良い人がいたりもするんです。でもアーサーは、基本的に物事のネガティブな部分にフォーカスしてしまっている。で、良いアドバイスは全然聞いていないんです。

とにかく人を悪い方に見ていて、そこはジョーカーになる前からそうなんです。もしアーサーが愛されて、それを自覚していて、彼の潜在意識の中にある愛やポジティブなマインドが溢れていたらどうなっていたらもしかしたら違うエンディングがあったかもしれない。でも、僕のこの受け止め方すらも、僕の潜在意識に変化があったら変わってしまうんだと思いましたね。

僕の潜在意識には家庭環境が大きく影響している

ーミノルさんもアーサー同様、決して平坦な人生を歩んできたタイプでは無いと思います。でもすごくポジティブですよね。

ミノル:僕の場合は、家庭環境が人格に大きな影響を与えていると思います。特に僕が愛している母親からの影響は強い。彼女には全面的に感謝していますね。僕の母親はブラジルの裕福な家に生まれました。ところが日本に来て色んな苦労をした。ハッキリ言ってしまうと、お金がなくなったことで、すごい生活の落差を経験している。

だから「人生は大変なものだ」ってことを実感しているし、そのせいですごい心配症なんですね。で、その考え方は僕にも遺伝している。そんな苦しい生活の中で、母は「ブラジルでの暮らしは豊かだった」という話もしてくれていたんですが、多分これが良かったんです。それを聞いた僕は「今の現実は辛いけど、とにかく頑張ってみよう」って考えられるようになった。現実としてあった豊かな暮らしをイメージできるようになったんですね。そして「逆転することこそが、自分の人生のミッションだ」と思うようになった。

―生活は悪くなるだけでなく、時には良くなることもあると実感した、と

ミノル:だから当時の僕らの生活は、決して裕福ではなかったけど、とてもポジティブだったし、華やかな夢を見ることもできました。でも、その一方でアーサーのように、周りの誰かが笑っていれば「自分を笑っているんじゃないか」と思ってしまったり、僕の心配性や弱気が元でトラブルが起きたこともありました。そういう時は「こんな風にネガティブな感情とトラブルを抱えながら生きていかなければいけないのか」と悩みましたよね。

でも母親のおかげで「自分が思い描いている夢は、いつか実現することができるものなんだ」という自信も持つことが出来ていたから、なんだかんだで乗り越えることが出来た。とにかく僕は母も含めて周りから良い影響を受けてきたんだと思います。

ー辛い境遇の中で育ち、ネガティブな側面も持っていた。でもジョーカーにはならなかった。

ミノル:今だって実は自信満々ってわけじゃないんですよ? 「危ないな」と思う瞬間は結構ある。だから、いつでもジョーカーにならないように気をつけてますよ。そもそも昔の僕って、心配性だったし、弱気だったし、人前に出るのが好きじゃなかった。

ところが今の僕は大勢の前で戦っている。多分、僕の潜在意識下では、弱気で心配性な僕と大きな夢を持った僕が、今も葛藤を続けているんです。

―本来は戦いが好きなタイプではないということですか?

ミノル:そうなんだろうと思います。でも自分自身と、そして対戦相手との戦いを続けていれば、自分の心の良い部分を守り、確固たる地位を築くことが出来ることも分かった。だからこそ格闘技を好きでいられるんだろうと思います。これからも自分の心の良い部分を育てながら、リングでの戦いを続けていきたいですね。

ースタート地点はアーサーと近いものがあった。しかし自分が抱えているネガティブな潜在意識に立ち向かっていくことで、より健やかな生き方を見つけることができた、と。

ミノル:ジョーカーはお笑い、僕が格闘技という、自分を変えるための手段を持っていました。僕から観ると、アーサーは「世の中の人を笑いで幸せにする」という夢が叶うまで、あと一歩のところまでたどり着いているんです。でも、そこでネガティブな潜在意識に引っ張られて、ネガティブな選択をしてしまう。もしジョーカーが、何が何でも「世の中の人を笑いで幸せにする」という信念を貫こうと考えることができていたら、あの結末にはたどり着かないはずなんですよね。

K-1 【official】YouTube channel/YouTube

取材・構成・撮影 吉田大

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