アップルが世界へ宣言したマニフェスト | Apple Japan 元マーケティングコミュニケーション部長・河南順一 #4

#1 倒産寸前だったアップルの復活前夜
#2 ジョブズ復帰でアップル社内はどう変わったか
#3 ティム・クックが変えたビジネスモデル

スティーブ・ジョブズがアップルのブランドを蘇らせるために行ったのが、デザインの一新とブランドキャンペーン「Think different」だ。このブランドキャンペーンは、アップルに関わるすべての人が創業の原点に立ち返るものだった。

アップルの思いを世界に宣言するための広告

大熊:ブランドと広告はどのように変わっていきましたか?

河南:当時、アップルのブランドは地に落ちていました。アップルのロゴを見たり、「アップル」と聞いたりしてわくわくするかというと、それは全然ない感じですね。
もともと「アップル」というとおしゃれで、テクノロジーがエッジーで、イノベーターの人にすごく刺さっていたブランドだった。それが目新しさもなくなって、製品ラインも散らかっていて、何かイノベーティブなことをしているかというと、プリンターだとか、モニターだとか、他の人がやっていることを真似しているような状況になっていた。

スティーブが戻ってくると、アップルの原点がなくなっていることに気が付いて、とにかくブランドをしっかり再生しようと考えました。
そして実際にやったのが、ブランドのロゴを変えてガイドラインを出すことです。

当時、今みたいにアップルはメインストリームではなくて、知っている人は知っているというようなニッチな存在でした。なので、私を含め、当時のマーケティングは「とにかく認知度をあげたい」と考えていて、アップルのロゴを露出し、みんなに馴染んでもらおうとしていました。

例えば、日本でイベントを開催する時にはロゴのシールを配ったり、サードパーティーとアクセサリーを作ったらロゴをつけてもらったり、とにかくロゴをバンバン大盤振る舞いしていました。
スティーブがやってくると「それはもう絶対ダメだ」ということになって、リンゴがついたものはすべてなくなった。クパチーノのアップル本社にはカンパニーストアというアップルグッズの店舗があって、アップル製品の他にTシャツだとか、ボールペンだとか、いろんなものにロゴがついて置いてありましたが、それも一回全部なくなった。スティーブが承認したものでないと出せないということになった。

大熊:デザインも変わった?

河南:ロゴのデザインも変わります。最初はアップルで「スペクトラム」と呼ぶ6色のロゴがあって、「Think different」の間も使っていましたが、その後、単色、白色と黒色のロゴになりました。iMacが出たところで、単色だけど、影がついた立体的なデザインを使い始めます。
そして、ロゴの使用には、きちんとガイドラインが出て、形や使い方が規定された。それまで色々な事業部で作っていたものは、そういうガイドラインに全然沿っていない状態でした。どこの誰が作っても代わり映えがしないし、「これがアップルだ」というプレゼンスがまるでなかった。それをスティーブは、まずデザイン的なところで際立たせようとしました。

大熊:デザインはどんなイメージで作られているのですか?

河南:デザインはひとことで言うと「シンプル」。アップルが作るものすべて、ごちゃごちゃしたものは一切なくして、「シンプルでありながら大胆」のイメージに沿うものになっています。製品のデザインもそうですし、ロゴの配置や広告のレイアウトもすべてがこのコンセプトの元に作られています。

そして、デザインの根源にあるのがブランドのコンセプトで、「Think different」のブランドキャンペーンで謳われていることです。アップルの立ち位置がどこにあるのか、アップルが何を目指し、どういう考え方で世の中を変えていくかを伝えるものです。
「Think different」は社内でマニフェストと呼んでいましたけど、アップルが世の中に宣言したアップルの思いであり、「これがアップルのブランド」と言える概念です。

大熊:偉人が出て来る広告ですよね。

河南:日本から選ばれた三宅一生、黒澤 明、手塚治虫の3人が登場する広告も使われました。

「Think different」は、こんなクレイジーな人たちが世の中を変えて、彼らは除け者扱いされたけれども、彼らが信じてやってきたことで世界が変わった。アップルは、そういうクリエイティブな人たちのための道具を作るという内容です。

大熊:ブランドキャンペーンとデザインは同時並行で作るのですか?

河南:同時並行でした。スティーブが戻ってきてから、まずポリシーができて、ストラテジーができ、「Think different」に合わせてデザインのガイドラインが出て、それからiMacが出た。
それまでアップルはコンシューマー市場から撤退していたので、いよいよコンシューマー向けに店舗での展示を始めるところで、販売店を含め、ガイドラインに沿ってブランドを統一するということになった。

※「1998 Macworld Expo」の時の写真

ブランドへのこだわり

河南:イベントでのブースもすべてアップルのデザインで作っています。アップルのイベント「Macworld Expo」はサンフランシスコとニューヨーク、ボストン、東京で開催していました。毎年、1月頭にサンフランシスコで開催して、それを受けて2月に日本でやります。

これも色々あって(笑)
スティーブが戻って来てから「Macworld Expo」での展示の作りや造作物はすべてアメリカで使っているものと一緒にするということになった。
その時のiMacは半透明だったので、それをどれだけ美しく展示するか、スティーブがすごくうるさく決めていました。iMacの発表当時の展示台はアクリルが敷いてあって、iMacのちょうど真下から照明を当てて美しく見せるという仕掛けです。
これを全世界で同じようにやるということだったので、日本にいるわれわれは「展示台のスペックを教えてくれたら、日本で同じものを作る」と言ったのですが、それは絶対ダメだと本国に言われました。「デザイナーと色々と研究して作ったものだから、数ミリでも違うと展示する製品の美しさが再現できない。日本では絶対に作るな」と言われていました。

「そんな同じものをどうやって?」ということですが、結局、サンフランシスコでの展示が終わったら、一式全部、船で東京に運んだのですけど(笑)
すべてがこんな調子でした。名刺もカタログも、制作物、印刷物などはすべて、アメリカでスティーブの元で検証して、一番きれいなものを選んで、特定のベンダーにしか作れないようにした。

ただ、毎回、船で運ぶことはできないので、その後、日本でも作れるように、日本のベンダーをカルフォルニアまで呼んで、展示台とか、店舗で使うものを作ってもらって、スティーブ・ジョブズが「OK」と言ったベンダーにオファーをする形になった。
それで当時、「ストアインストア」というものをアップルでは作っていました。直営の店舗はまだなかったので、販売店の中にアップルの販売スペースを作るというものです。デザイン的には今のアップルストアの前身になります。

例えば、秋葉原に行くと、ディスカウントがいくらで、メモリがいくらあって、スペックがどれくらいで、というのがワァーと垂れ下がっている。アップルからすると、こんなゴミに埋もれた中で販売してはダメ、ということになります(笑)
販売店の中でも、アップルの独自のスペースがあって、展示台の上に光り輝く商品がシンプルに、清楚に佇んでいるというのがスティーブの世界でした。カタログも置かないですし、値段も出さない、スペックが何だとかも一切ない。スティーブの考えている空間をそのまま再現する必要があって、アップルではその通りにできることしかやらなかった。
屋外広告も同じで、非常にシンプルにできています。看板だらけの雑多な集まりの中に一つスッキリとした、清潔な空間を作って、際立たせるということでした。

大熊:広告は実際どんなものを?

河南:例えば、これは渋谷にあった東急文化会館のビルの一面に出した5色のiMacの広告です。渋谷駅の中もiMacの広告一色です。
今ではよく見かけるラッピングバスですが、日本ではアップルが初めてやって、渋谷の街にわけがわからないバスが走ったので注目を浴びました。渋谷交差点にある3つのビジョンを連動させる仕掛けもアップルが初です。広告に関しては、一定のところに集中的に出し、どれだけインパクトを出せるかを考えて展開しています。

「Think different」はもちろん日本語に置き換えていますが、他の広告は日本語にしなかったものもあります。英語のダジャレが多いのですけど、スティーブがそういうのが好きで、グローバルでやるといいつつ、カルフォルニアの人しかわからないかもしれないというものもあって(笑)
ただ、日本ではそれがかっこいいから、カルフォルニアスタイルで行こうということで残していました。広告の文言はそのまま日本語に置き換えればいいというものでもないので。

(次回:#5 ジョブズと共にアップルを率いた優秀なクリエイター達)

河南順一/Junichi Kawaminami
同志社大学大学院ビジネス研究科(同志社ビジネススクール)教授。同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学W.P. Carey School of Business MBA修了。日本マクドナルド、アップルジャパンなどに勤務。ディレクターとしてマーケティング、ブランドマネジメント、広告宣伝、広報、危機管理、エバンジェリスト、社長室などを統括。アップルでThink differentを掲げたブランド戦略の展開、マクドナルドでCEOコミュニケーションの一新を担うなど、ブランド再生や企業イメージの刷新に携わる。

大熊希美/Nozomi Okuma
スタートアップやテクノロジーについて書くライター/翻訳家。ケン・シーガル著『最強のシンプル思考』(日経BP社)を翻訳したご縁で今回の取材を担当させていただきました。

『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』3月21日発売 – 河南 順一(著)

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