ティム・クックが変えたビジネスモデル | Apple Japan 元マーケティングコミュニケーション部長・河南順一 #3

#1 倒産寸前だったアップルの復活前夜
#2 ジョブズ復帰でアップル社内はどう変わったか

スティーブは戻って来ると数多くあった事業部を絞り、PCの開発だけにフォーカスすることに決める。そうしてiMacの開発が始まるが、当時コンシューマー市場から撤退していたアップルは、製品やブランドと共にビジネスモデルも変える必要があった。

コンシューマービジネスの基盤づくり

大熊:スティーブが戻って来て、アップルのビジネスはどう変わりましたか。

河南:当時、日本ではディストリビューターと契約して、全部で3500店舗くらいがアップルの製品を扱っていたのですが、iMacを販売する時に、扱う店舗を100店舗くらいに絞りました。
ディストリビューターとの契約ではなく、店舗との直接契約に変えています。その理由は、コンシューマー向けに低マージンで商品を提供できるチャネルを作るためでした。ただ、そうなると、今まで商売していたディストリビューターはiMacを扱えないということになるので、そこでバトルがあり、非常に緊張した関係になっていました。

大熊:それまでディストリビューターとはどのようなビジネスをしていたのですか?

河南:iMac以前、もともとアップルの日本でのビジネスは総代理店と契約を結んで、彼らが販売を担っていました。けれど、日本でもマーケットが広がっていたので、アップル・ジャパンでは総代理店以外のところでも販売網を広げたいということになった。
海外の会社が日本でビジネスをしようとすると、こういうパターンが多いですね。日本のマーケットを知らないので、まずは独占販売権を与えたディストリビューターと契約してマーケットを広げる。リソースをそんなにかけなくても、彼らに任せておけばいいので。そのうちマーケットが大きくなると、自分たちでやりたいということになって、本国から乗り込んでくる。これはアップルに限らず、いろんな業界で起きていることだと思います。

ですが、アップルのディストリビューターは、日本で半分以上の売り上げを持っていたので、アップル・ジャパンがビジネスを拡大しようとすると、このディストリビューターをなんとかしないといけない。でも、アップルがディストリビューターに不利な条件を提示すると、彼らは「ふざけるな、今年はアップルの商品は扱わない」となって、年間の売上の半分はなくなるわけです。
そうすると、今度はアップル本国が「世界第2位のマーケットの売上の半分が落ちるなんてとんでもない」と言って、アップル・ジャパンの社長に圧力をかけるわけです。なので、ディストリビューターとのパワーバランスによる呪縛でマーケットを広げられなかった。

スティーブが戻って来た時、もうアップルは立ち行かない状況だったので、ビジネスモデルを変えないといけないということになった。それに、iMacはコンシューマー向けの製品なので、そもそもディストリビューター経由でマージンが乗ってしまうと破壊的な価格設定ができずビジネスがうまくいかないわけです。本当にコンシューマー向けに商品を展開しようと思ったら販売方法を変えないと無理でした。
日本では、スティーブに、まず売上は格段に落ちますが、ディストリビューターとの契約から販売店との直接契約に変えていくための話をしました。これを飲まないと、日本はもう生き延びることができませんという話をして。スティーブも分かったということで、iMacを販売する販売店を選んでいきました。

ティム・クックによるオペレーション改革

大熊:販売店との直接契約に変えて、ビジネスはどう変わったのですか?

河南:販売店に切り替えてまず変わったのは、毎日の売上データを出すようになったことです。ディストリビューターのビジネスはいかに商品を多く安く仕入れて売るかということで、売上データは自分で持っておいて、メーカーにはきちんと出していませんでした。
そして、まだその当時、ユーザーの情報は、箱の中にユーザ登録用のハガキが入っていて、「何を買って、どういう理由で買いましたか」といった質問に答えてもらって取得していました。そこにマーケットのデータがあるのですが、ディストリビューターは、メーカーのハガキを全部自分たちのハガキに入れ替えるわけです。
そうするとユーザーのデータはメーカーには一切届かないので、何が売れ筋で、どういうインサイトがあってお客さんが買うのか、というのが全然わからない。何をどれだけ生産したらいいか予測を立てられないし、売れない在庫をどうやって売ったらいいかもわからない。だから、値引きをして売りさばく販売店に価格補てんもして、商品を出して、売ってもらわないとメーカーのビジネスが立ち行かないというケースもありうる。ディストリビューターが儲かる仕組みになっているわけですよね。

アップルではとにかくデータを手に入れて、ビジネスモデルとサプライチェーンを変える必要がありました。それで、製品はBuild to Order(受注生産方式)とまではいかないですけど、ジャスト・イン・タイム(必要なものを、必要な時に、必要なだけ作る生産管理方式)に変えます。それをやったのがティム・クック(2011年よりアップルのCEO)でした。
在庫は店で3日しか持たないようにして、基本的にはオーダーが入ったら、すぐに生産するようにした。ただ、製品の輸送は船じゃなくて、飛行機を使うのでコストは上がりますが、その代わり、回転が早いので、ストックがたまらないし、値引きして売らなくていい。

iMacの時にティム・クックがやってきて作ったのが、今のアップルの原点、iPodやiPad、コンシューマービジネスが回せる体制と仕組みでした。

大熊:ディストリビューターとはどうなったのですか?

河南:こうした状況で、ディストリビューターも黙っていなかった。ただ、そこを変えないとアップルはもうどうにもならなかったので、スティーブと日本の原田さんが手を組んで、納得して進めて、その結果、極度の緊張状態がありました。原田さんも身の危険を感じるようなこともあったのではないでしょうか。
アップルの売上も一時的には落ちるのですが、新しい仕組みでiMacのマーケットが広がり、ディストリビューターに頼らなくてもいいビジネスを作ることができました。ただ、その後もディストリビューターとは特定の領域に特化したところでのビジネスは続けていましたね。

スティーブが帰ってきて商品やテクノロジー、OSやデザインも変わりましたが、流通やビジネスモデルもすべて変わった。あとはスティーブのビジョンですね。これまでとは全然違うプロモーションや広告を展開していきます。

(次回:#4 アップルが世界へ宣言したマニフェスト)

河南順一/Junichi Kawaminami
同志社大学大学院ビジネス研究科(同志社ビジネススクール)教授。同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学W.P. Carey School of Business MBA修了。日本マクドナルド、アップルジャパンなどに勤務。ディレクターとしてマーケティング、ブランドマネジメント、広告宣伝、広報、危機管理、エバンジェリスト、社長室などを統括。アップルでThink differentを掲げたブランド戦略の展開、マクドナルドでCEOコミュニケーションの一新を担うなど、ブランド再生や企業イメージの刷新に携わる。

大熊希美/Nozomi Okuma
スタートアップやテクノロジーについて書くライター/翻訳家。ケン・シーガル著『最強のシンプル思考』(日経BP社)を翻訳したご縁で今回の取材を担当させていただきました。

『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』3月21日発売 – 河南 順一(著)

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