「アホ、ボケ、死ね」がセット 阪神ファンの強烈すぎるヤジで片岡篤史が“一番ショックだった”のは?

片岡篤史が運営するYouTubeチャンネルで選手・コーチ時代のつらすぎるヤジの数々について振り返った。

片岡篤史チャンネル/YouTube

よくも悪くも静かな球団だった日本ハムから阪神タイガースに移籍したあとは環境が一変したという。「タイガースに移籍した2002年というのは、ちょうど星野(仙一)監督も阪神に来られて、秋キャンプからすごい人だったんですよ。泊まっているホテルにファンの方がたくさんいるっていうことにまずびっくりしたんです。ファンの方もそれを楽しみに来られるから、僕たち以上に『明日からキャンプインや!』みたいな感じになるんです」と、日ハムとはファンの雰囲気がかなり違ったという。

当時のヤジについては「関西の場合は『アホ、ボケ、死ね』がワンセット。それで『オラァ、アホ、金返せ!』みたいな。僕が阪神に行った2002年というのは、まだ阪神には1億円プレイヤーがいなかったのかな? それでFAで僕が行ったから、『活躍してくれるだろう』という期待を裏切って全く活躍できなかった。まあキツかったですよ」と回顧する片岡。

チームメイトからは「あんなん気にせんでええねん」と言われるものの、なかなか受け入れられなかったそうだ。さらに片岡は一番ショックだったヤジとして、小学生から受けた「頼むから出んといてくれ!」という言葉に「胸を突き抜けたよ」と、当時の衝撃の大きさを明かした。

また、片岡は不調だった2002年の倉敷マスカットスタジアムでの試合で、自身のエラーが原因で1対0で負けてしまったところ、デイリースポーツに『片岡のエラーで負けた』と大々的に報じられたという。翌日になってティーバッティングをしていると、「お前コラァ出るな!」「頼むから出んといてくれ」といったヤジを飛ばされ、腹が立って「やかましいわ!」と言い返すと、星野監督から「おいツル(片岡)、それでええんや」と、発破をかけられたそうだ。
しかし相当なショックだったようで、翌日は選手のために用意されたホテルのビュッフェ会場に足を運ぶこともできず、コンビニのおにぎり2個買って1人で食べたという。「忘れもしない日高昆布と鮭を買って、お茶を飲みながら涙が出たというか、涙がこぼれるっていうの? 逃げ出したいけど、逃げ出せない」と、つらすぎる思い出を明かした。

当時はなにをしても裏目に出たそうで、「とにかく『練習をしないといけない』と練習をしても……。ユニフォームを脱いで、夜に素振りをするんですよ。そのときは、ものすごくよくて『これや! これやったら明日いける』と思って、ユニフォームを着てグラウンドに行って『オイコラボケ!』って言われたら、またなんかおかしなんねん」と振り返った片岡。

2010年〜2012年、2016年〜2018年と、阪神で2度のコーチを経験しているが、その時期も多大なる“叱咤激励”を受けたという。とくに神宮球場がきつく、「三塁側のレフトをずっと歩いて帰らないといけないの。ポール側に選手の出入り口がある。だからね、もうすごいのよ。負ける、もしくは打てずに負ける、もうそれはね。スタンドって傾斜があるんだけど、その網を通り越して来るんじゃないかっていうぐらいの勢い」と、猛烈なヤジを受けたという。

「ボケ、お前なにを教えとんじゃ!」「お前しっかり指示せんかい!」といったヤジを浴びながら、片岡は「アホ、言うとるわい。けれど指示して打てたら苦労せんわ」と内心思うこともあったそうだ。金本知憲監督時代には「もう辞めろ!」という声もあったが、片岡は「辞めるのって簡単なんですよね。途中でもう逃げ出したいときもありますけど、やっぱり今度はなんとか選手に頑張ってもらわなきゃいけない」と、選手のために踏みとどまっていたことも明かした。

「辞めろ!」「アホ、ボケ!」「無能」「死神」「疫病神」「お前が全部悪いんじゃ!」と、神宮で受けたヤジは「胸を突き抜けたね」と振り返る片岡は、「ただまあ、今になって考えたら、やっぱりファンの方もそれほどね、一生懸命期待して応援しているからこそ、そこまで怒れるんだと思います」と、一定の理解を示したが、「まだちょっと根に持ってるね(笑)」とぶっちゃけていた。

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