「エア・ジョーダン7」はドリームチームでの金メダル獲得、NBA優勝を支えた

「GOAT」(Greatest Of All Time=史上最強の選手)や「バスケの神様」として、バスケットボールだけでなくスポーツ界の歴史にその名を刻んだ元シカゴ・ブルズのマイケル・ジョーダン。ご存知の通りオフェンス・ディフェンスを含めたあらゆる面において超一流のプレイヤーではあるが、通算10回の得点王に輝くなど、特に卓越していたのがスコアリングだ。

また選手として数々の記録を達成してきた一方で、ストリートファッション、ストリートカルチャーに絶大な影響を残したことも忘れてはいけない。1984年、Nikeからシグネチャーシューズのエア・ジョーダン初代モデルが発売されるとシリーズ化され、1990年代にはジョーダン自身の人気とともにエア・ジョーダンも世界的に爆発的なヒットとなり、今日まで30年以上続くブランドに成長を遂げた。

ジョーダンが記録したハイスコア、そしてその瞬間に履いていたエア・ジョーダンを同時にチェックしてみよう。

・56得点
・1992年4月29日 プレイオフ イースト・ファーストラウンド シカゴ・ブルズ VS マイアミ・ヒート
・着用シューズ:エア・ジョーダン7 ブラック/レッド

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前年、フィル・ジャクソン氏がブルズの監督に就任すると、ブルズの黄金時代が幕を開ける。この年は最初のスリーピート(NBA3連覇)の2年目にあたる年だが、ジャクソン監督の方針に従い、ボールをジョーダン以外のプレイヤーにも回す場面が多くなっていた。するとチームの勝ち数は過去最高を記録するが、ジョーダンの平均得点は過去数年を下回るように。しかしそんな中において、同試合ではジョーダンが56ポイントという高得点を叩き出した。

そして同シーズンでジョーダンが着用していたのがエア・ジョーダン7。同試合以外でも、NBAチャンピオン達成の瞬間、さらには同年夏に開催されたバルセロナオリンピックで金メダルを獲得した瞬間もジョーダンの足元を支えたのがエア・ジョーダン7だった。また当時、ジョーダンのキャラクターとしての価値向上やスニーカー熱の高まりが相まって、ジョーダンのシグネチャーラインがNikeバスケットボールとは別の扱いとなり、ジョーダンブランドが誕生する。

そして、この日ジョーダンがあげた56ポイントのうち、注目のプレイはこちら。

2:27〜
マイアミのオフェンスが、ペネトレイトしようと試みるものの、ブルズは強力なディフェンス戦略として、ペイント内のディフェンダーのギャップを塞ぐ。この時点で、ジョーダンがボールをスティールし、ファストブレイクを開始。素早く進路を変え、そのままドリブル〜ダンクでゴールを狙えるところを、あえて少々の危険を犯してバスケットカウントを狙いにいく。結果ダンクをねじ込み、さらにマイアミにファウルを取らせてフリースローの権利も狙い通りに獲得した。技術だけでなく、ジョーダンのゲーム運びが優れていることがわかるプレイだ。

4:46〜
ブルズがコート右サイドでボールを奪うと、スコッティ・ピッペンが3ポイントラインまでゆっくりとボールを運ぶ。するとボールをもらいにいくかのようなフェイクでピッペンに近づくそぶりを見せてディフェンダーを迷わせるが、次の瞬間にとんでもないクイックネスによるバックドアでマーカーを振り切るとゴールへ直進。ボールを持っていたピッペンは、すかさずジョーダンにボールをパスすると、空中でアリウープ気味にアクロバティックなレイアップでポイントを決めた。ジョーダンの一瞬の判断が生んだ創造的なプレイだが、相棒のピッペンとの信頼関係があってこその得点でもあった。なおこの試合、ピッペンも31ポイントという高得点をあげている。

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