「エア・ジョーダン2」を履いたジョーダンは、最強スコアリングマシーンと化した

「GOAT」(Greatest Of All Time=史上最強の選手)や「バスケの神様」として、バスケットボールだけでなくスポーツ界の歴史にその名を刻んだ元シカゴ・ブルズのマイケル・ジョーダン。ご存知の通りオフェンス・ディフェンスを含めたあらゆる面において超一流のプレイヤーではあるが、通算10回の得点王に輝くなど、特に卓越していたのがスコアリングだ。

また選手として数々の記録を達成してきた一方で、ストリートファッション、ストリートカルチャーに絶大な影響を残したことも忘れてはいけない。1984年、Nikeからシグネチャーシューズのエア・ジョーダン初代モデルが発売されるとシリーズ化され、1990年代にはジョーダン自身の人気とともにエア・ジョーダンも世界的に爆発的なヒットとなり、今日まで30年以上続くブランドに成長を遂げた。

ジョーダンが記録したハイスコア、そしてその瞬間に履いていたエア・ジョーダンを同時にチェックしてみよう。

・61得点
・1987年3月4日 シカゴ・ブルズ VS デトロイト・ピストンズ
・着用シューズ:エア・ジョーダン2

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平均37.1得点と、“怪物”ウィルト・チェンバレン以外で唯一1シーズンの平均得点でトップ5に名を連ねたシーズンを送った1986-87のマイケル・ジョーダン。1987年2月26日の対ニュージャージー・ネッツ戦で当時自己最多の58得点を記録。ブルズの球団記録にその名を刻んだジョーダンは、わずか1週間後にまたもや驚愕のパフォーマンスを見せる。

ちょうど7日後の1987年3月4日。相手は“バッドボーイズ”ことデトロイト・ピストンズだ。そして会場はピストンズのホーム、ポンティアック・シルバードームで、普通の選手なら泣く子も黙るピストンズのホームゲームでビビっていつものプレイができそうにない状況だが、ここでもジョーダンは格の違いを見せつける。

速攻からのワンハンドダンクでショータイムをスタートしたジョーダンは、その後もポストアップからのダブルクラッチや、巧みなフェイクを織り交ぜながらのジャンプショットなど、軽快に得点を重ね前半だけで24得点を記録。

そして、後半に入るとさらにギアを上げる。空中でディフェンスをあざ笑うかのようにかわしたダブルクラッチは、ジョーダン本人も苦笑いを浮かべるほど。また、ジャンプショットのダブルクラッチという、ジョーダンにしかできないシグネチャー・ムーブはまさに止める術がない“神業”だ。

結局、延長戦までもつれ込んだこの試合は、ジョーダンの活躍により125-120でアウェイのブルズが勝利。終始ブルズを引っ張ったジョーダンはFG22/39(56.4%)、FTは17/18(94.4%)で計61得点を荒稼ぎし、自己最多得点をわずか7日で更新することとなった。

試合後のインタビューではストイックなジョーダンが、「本当にアンストッパブル(止められない)状態になった選手はいないけど、今日はそれに近い感じがしたね」と、自分でも圧倒的なプレイをした手ごたえを感じたようで、珍しく自画自賛してみせた。

そんなジョーダンがこの日の試合で着用したのはエア・ジョーダン2 アウェイカラーだった。7日前にホームカラーで59得点を記録し、次はアウェイカラーで61得点。エア・ジョーダン2は高得点を生み出すために生まれた魔法のシューズと言っても過言ではないだろう。

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