「飛んでいる最中に相手が見えた」 ジョーダン、人間離れした“究極の空中技”

“バスケットの神様”マイケル・ジョーダン。NBAで2度の3連覇、計6回の優勝を果たした彼だが、初めてチャンピオンになるまでに7年もかかっている。これは、ルーキーイヤーで優勝を果たしたマジック・ジョンソンや、2年目でチャンピオンに輝いたラリー・バードといった同じレジェンド選手と比較するとかなり遅いほうだ。

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You never forget your first.

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ジョーダンが長い年月を費やして初優勝を果たしたのは1991年、NBAキャリア7年目のことだった。それまでもプレイオフには進むのだが、ラリーのボストン・セルティックスに2年連続で敗退、“バッドボーイズ”デトロイト・ピストンズに3年連続で敗退するなど、イースタン・カンファレンスの厚い壁を突破できなかった。

しかし、1991年はトライアングルオフェンスを成熟させ、スコッティ・ピッペンやホーレス・グラントといったメンバーが成長。チーム力が上がったシカゴ・ブルズは、初めてイースタン・カンファレンスを勝ち上がった。

NBAファイナルでは、マジック率いる“ショータイム”ロサンゼルス・レイカーズが立ちはだかる。しかし、悲願の初タイトルを目指すジョーダンの勢いはとどまることを知らなかった。

ジョーダンは初のNBAファイナルに臆することなく、実力を存分に発揮。5試合の平均得点は31.2ポイントで、両チーム合わせてダントツの1位を記録し、アシストでもマジックに劣らず、平均11.4アシストとトップポイントガード並の数値でブルズを引っ張った。

そして、ジョーダンのハイライトとして有名なプレイも生まれる。第2戦で見せたのは、ダンクを空中で“キャンセル”し、ボールを持ち替えるシュートだった。ジョーダンが言うには「飛んでいる最中に、A.C.グリーンの姿が見えた」そうで、ダンクシュートの体勢からボールを左手に持ち替えてのシュートは難易度最高峰の大技だ。このプレイは今までに何百、何千回とリプレイされている。

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初のNBAファイナルで実力を存分に発揮して自身のハイライトプレイを生み出した1991年は、ジョーダンにとってもNBAにとっても歴史的な年だった。

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