神様・ジョーダンがロッカールームで大号泣した日

1991年から93年にかけて3連覇を達成したマイケル・ジョーダン。バスケットボール選手としてすべてを手に入れた彼は、父ジェームズにだけ「これが最後の試合だ」と引退する気持ちを伝えていた。しかし1993年7月23日、まだ正式に『引退』を発表していなかったジョーダンに悲劇が訪れる。親友のような関係であり、引退することを伝えていた父ジェームズが殺害されてしまったのだ。ジョーダンはこの事件の影響もあってNBA引退を決意し、父との約束である『MLBへの挑戦』を発表した。

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ジョーダンのMLB挑戦2年目。NBAと同じように練習に明け暮れ手応えを感じていたが、ストライキによりMLB開幕が遅れることになる。そんなとき、ふとシカゴ・ブルズの練習を訪ねたジョーダンは、その流れから電撃復帰を果たす。

オフにほかのNBA選手も驚くワークアウトを敢行した1995-96年シーズン、ジョーダンは“完全復活”を果たす。シーズン開幕から絶好調のジョーダンとブルズは、当時の最高記録であるシーズン72勝10敗という記録を打ち立てる。プレイオフでもブルズの勢いは止まらず、マイアミ・ヒート、ニューヨーク・ニックス、昨シーズン敗北を喫したオーランド・マジックの3チームを相手に、12勝1敗という成績で勝ち上がっていく。

そして、NBAファイナルの相手はシアトル・スーパーソニックス。しかし、ブルズはソニックスもまったく寄せ付けず、最初の3戦を全勝。なんとしてもスイープ(4連敗)を避けたいソニックスは、“グローブ”の異名を持つゲイリー・ペイトンがジョーダンをマークすることに。ペイトンはNBA屈指のディフェンダーであり、「ジョーダンを止められる」と自信満々だった。そして、迎えた第4戦と第5戦。宣言通りペイトンは、ジョーダンをしっかりと抑えソニックスが2連勝を飾る。

この連敗により流れが変わってしまったと思われたが、ジョーダンは当時を振り返り「ペイトンは問題じゃなかった」と語る。ジョーダンのこの言葉の通り、第6戦は12点差を付ける圧勝で、ブルズは優勝を決めたのだった。

そこまで絶好調だったにもかかわらず、第6戦までもつれ込んだ理由。それは、ファイナルの日程にあった。ブルズが優勝を決めたのは6月16日の日曜日。そう、『父の日』だったのだ。ジョーダンは天国にいる父のため、あえて第6戦まで勝負を決めなかったのかもしれない。父がいなくなってから初めての優勝を果たしたジョーダンはロッカールームの床に突っ伏せ、何かを噛みしめるように号泣していた。

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