看守を殴る、囚人ボクシング王者… ダニー・トレホは、刑務所内で一番のワルだった

ハリウッド映画には欠かせない個性派俳優ダニー・トレホ。登場するだけで観客の注目を集める怪優の波乱万丈の人生を追ったドキュメンタリー『Inmate #1:The Rise of Danny Trejo(原題)』がアメリカで放送中だ。

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12歳で初めて少年院に入り、その後も刑務所の出入りを繰り返していたトレホはどうやってハリウッド俳優の仲間入りを果たしたのだろうか?

■少年時代
とにかく“ワルかった”少年時代。石で友だちを殴り12歳で初めての少年院行きを経験する。その後、少なくとも5回は強盗をはたらくのだが、主犯格である叔父の下で逃走車の運転を任されていたそうだ。そして23歳になったトレホは3万ドル相当のヘロイン密売容疑により、ついに10年の懲役を科せられる。しかしトレホは刑務所内で一番の“ワル”になるのだった。

■刑務所での出来事
トレホが「ボクシング大会のおかげで“ムショのセレブ”になった」と語るように、3つの刑務所で行われたボクシングの試合に出場し、ライト級、ウェルター級の2階級でチャンピオンになった。リング外でもコワモテで幅を利かせていたトレホは、弱い立場の服役囚を守るかわりに彼らから金を巻き上げていた。ワルの中のワルに誰もNOとは言えなかったようだ。そして、長い刑務所生活中に胸に大きなタトゥーを彫った。

■人生の転機
1968年、刑務所内でシンコ・デ・マヨ(メキシコがフランスを撃退した5月5日)の記念日を祝っていると、ケンカ騒ぎに発展。トレホは看守を石で殴ってしまい、独房に3ヶ月以上入れられることになってしまう。陽も差し込まない暗い独房生活で自分自身を保つのは非常に難しいが、トレホは映画『オズの魔法使』や『ノートルダムの鐘』などのセリフを唱えて演技の練習をすることで精神の安定を図っていたそうだ。

そして次第に「刑務所から出て人生を変えなければ」と思うようになったトレホは、「神がそこにいるなら、すべてうまくいくだろう。もしいなければ、オレの人生はもう終わりだ」と唱え、神に祈りを捧げるようになる。その後、幸いにも刑が軽くなると着実に更生の道を歩みはじめ、断酒にも取り組んだ。

8歳からマリファナ、12歳からはヘロインをやっていたトレホだったが、アルコール依存、薬物依存から脱しようとする人が集まるコミュニティにも参加。そして現在までに50年近くも断酒を続けているそうだ。そしていよいよ刑期を終えると、薬物依存カウンセラーとなった。現在でもカウンセリングをしながら、若者にドラッグの危険性を説いている。

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