エミネム、防弾チョッキを着て超危険人物をブッ飛ばそうとしていた

ヒップホップレーベル「Death Row Records (デス・ロウ・レコーズ)」をDr. Dre(Dr.ドレー)と立ち上げ、2Pac(2パック)やSnoop Dogg(スヌープ・ドッグ)を世に輩出したSuge Knight(シュグ・ナイト)。90年代に西海岸のヒップホップシーンを牽引した重要人物ではあるが、元はコンプトンのストリートギャング「ブラッド」のメンバーという言わずと知れた超極悪人だ。

当時のヒップホップシーンはギャングたちも絡める東西抗争が激しさを増していたが、その対立の火に油を注いでいたとされるのがナイトだ。1996年に西海岸を代表するラッパーである2パックが銃撃を受け殺され、翌年1997年にはBiggieの愛称でも知られ、東海岸のヒップホップカルチャーを語る上で欠かせないラッパーのThe Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G.)が射殺された。当時のツートップだった二人の命が奪われ、ナイトに不信感を抱き始めたDr.ドレーやスヌープ・ドッグはレーベルを抜けた。するとデス・ロウ・レコードは徐々に衰退し、ナイトも業界で居場所を失っていく形となった。

YouTube

現在、2015年に起こしたひき逃げ死傷事件で禁固28年の有罪判決を受け服役中のナイトだが、新たな疑惑が浮上して話題になっている。元G-UnitのBang Em Smurfによると、2003年に50 Cent(50セント)のヒット曲「In Da Club」のミュージック・ビデオ収録中に突如ナイトが現れ現場は大混乱。トレイラーの奥で髪を切っている途中に電話で知らされたそうだが、ハイになっていたSmurfは1本目の電話はセットに戻るように指示されただけだと勘違いしたらしい。だが、もう一度電話がかかってくると大声で「おい、シュグ・ナイトがここに来てるぞ!」と伝えられ、事の重大さを改めて知ったそうだ。

YouTube

Smurfは急いで現場に駆けつけると、そこには防弾チョッキを着て殺気立ったエミネムがいたと言う。「ナイトが犯してきた悪業はみんな知ってたから、あいつを殺しても刑務所で過ごすのは5年ぐらい。ナイトが生きている恐怖に比べたら、そんなのどうってことない」とエミネムやそこにいたクルーは、ナイトを本気で叩き潰す覚悟だったそうだ。数々の修羅場をくぐり抜けてきたエミネムは、このときも50セントやDr.ドレーを守るためにナイトに立ち向かう決心をしたのだろう。

Smurfいわく「お互いを睨み合う感じで立ちすくんでたんだ。まるで映画のワンシーンみたいな感じだったけど、本当さ。エミネムと50セントが『おい、どうすんだよ?』みたいな事をナイトに言ってたよ」という状況。ナイトは単に威圧的な態度を取りに来ただけで、ぶっといシガーをふかすと30人ぐらいいたメキシカンギャングとすぐに退散したらしい。

Jay-Zは以前エミネムの衝撃の一面についてインタビューで「『Moment of Clarity』でエミネムにプロデューサーを頼んだときにスタジオでハグをしたんだんたげど、あいつは防弾ベストを着ていたんだ。アルバムを2000万枚売り上げたばかりの男が防弾ベストを着ないといけないなんて、なんだか寂しさを感じたよ」と吐露しているが、容姿なくケンカを売りまくってのし上がってきた代償がどれほどのものか、それはおそらく想像を絶するのだろう。

TAGS