自由なる戦いへ “制御不能”内藤哲也と、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの誕生 【L・I・Jの歴史 2015-16】

新日本プロレスが運営するYouTubeチャンネルで、「History of LOS INGOBERNABLES de JAPON」と題された動画が公開され、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの2016年からの歴史を振り返っている。

新日本プロレスリング株式会社/YouTube

「Tranquilo Japoneses(焦るなよ、日本人)」

2015年のメキシコ遠征でラ・ソンブラ、ルーシュらが率いるユニット“ロス・インゴベルナブレス”へ加入した内藤哲也。

「俺はCHAOSではない、もちろんBULLET CLUBでもない、ましてや本隊でもない。俺の居場所はロス・インゴベルナブレス」

自由なる戦いを標榜する男は、新日本プロレスのどのユニットにも所属せず、やりたいようにやる、自由に生きると、これまでの自分から変わる覚悟を決めた。この一歩を踏み出す勇気こそが、制御不能の内藤を生み出している。そして、“ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン”が誕生することとなった。

2015年10月12日、両国国技館での棚橋弘至 vs 内藤戦。内藤は「パレハ(相棒)を連れてくる」として、謎の仮面のレスラーとともに登場。序盤はピクリとも動かずに試合を静観していたが、内藤のピンチに突如動き出し、ラリアットで棚橋を襲撃。マスクを取ると、現れたのはEVILだった。

助けに来た柴田勝頼と後藤洋央紀によって試合は棚橋の勝利となったが、内藤はEVILに肩を抱えられながらも天空に手を掲げ、まるで勝利者のように会場を後にした。

同年11月21日に後楽園で行われた内藤&EVIL vs カール・アンダーソン&ドク・ギャローズ戦では、BUSHIが登場。毒霧攻撃で強襲したところを内藤がデスティーノでトドメを刺して勝利している。試合後、「俺は内藤について行くことにした」と発言したBUSHIは、12月19日の後楽園におけるマスカラ・ドラダ戦に勝利して、第30代CMLL世界ウェルター級王座を獲得した。

2016年3月12日に青森で、内藤は後藤を下してNEW JAPAN CUP初優勝の栄誉を獲得。さらには4月10日の両国、オカダ・カズチカ戦ではSANADAが登場し、内藤はIWGPヘビー級の王座を初戴冠。勝利後のインタビューでは「我々、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンが、新日本プロレスを応援してくださる皆様に、新たな景色をこれからお見せしたいと思います」と言い放ち、最後にはチャンピオンベルトをリング上に投げ捨てるという暴挙に出た。

メンバーの活躍も目覚ましく9月17日はBUSHIがKUSHIDAを下し、IWGPジュニアヘビー級王座を初戴冠。勝利後にはベルトに毒霧を吹きかけると「IWGPジュニア、俺がこれから制御不能に染めてやるぜ」と発言。ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンは新日本プロレスにおける勢力を着実に広げていった。

9月25日には、内藤がマイケル・エルガンと対戦し、IWGPインターコンチネンタル王座を初戴冠。再びベルトを投げ捨てるパフォーマンを見せた。

しかし、11月5日の大阪でBUSHIはKUSHIDAに敗れベルトが移動。この日、凱旋帰国を果たした髙橋ヒロムが「東京ドームでそのベルトに挑戦させてもらう」と宣言をする場面も。同日にEVILはNEVER無差別級王座を柴田勝頼と争い勝利して、執念の初戴冠を果たしている。

12月10日の棚橋&KUSHIDA vs 内藤&ルーシュの試合では、ヒロムが突然乱入してKUSHIDAを強襲。試合後には内藤の差し出した帽子をひとなめすると、そのまま被って電撃加入を宣言。会場は絶叫とどよめきに包まれた。

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