ジョーダン、“弟”コービーとの最期のメッセージを消せない

故コービー・ブライアントが「Naismith Basketball Hall of Fame(ネイスミス・バスケットボール・ホール・オブ・フェイム)」に名前を連ねることになった。このバスケ殿堂入りを記念した式典のプレゼンターには、コービーに最大の影響力を与えたマイケル・ジョーダンが選ばれ、コービーの妻であるヴァネッサ・ブライアントと共に壇上に上がった。

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「今年の2月にマイケルにプレゼンターをお願いしたら、喜んで引き受けてくれました。ありがとう、マイケル」長い沈黙を経て、ヴァネッサが最初に発した言葉はジョーダンへの感謝の気持ちだった。

「コービーは僕の大切な友達で、まるで本当の弟のようだった」大粒の涙を流しながら、昨年の追悼式でスピーチをしたジョーダンを見て、誰もが2人の特別な関係性を痛感した。そんな彼が、コービーとの最後のメッセージのやり取りをいまだに削除できないことをESPNのインタビューで告白した。

そのメッセージ交換をしたのは、コービーと次女ジアナがヘリコプター墜落事故で亡くなった49日前の2019年12月8日。始めはジョーダンがプロデュースした高級テキーラ「シンコロ」や家族の話などをメールしていたという。

ジョーダンがプロデュースを手掛けるテキーラをプレゼントされ喜んだのだろう。「あのテキーラ最高!」と連絡を入れたコービーに対し「ありがとう」と返信したジョーダンに「家族は元気?」とすぐさま次のメッセージが届いたそうだ。コービーがジアナのバスケ指導に夢中になっていたことを知っていたジョーダンは「良い休暇シーズンを、コーチコービー!?」と泣き笑い絵文字を入れて冗談混じりのメッセージを送ったそうだ。

「ありがとう、マイケルも良い休日を。ところでコーチ、いまベンチに座ってるんだけど、相手チームを45-8で圧倒しているよ」

若干17歳の若さでNBAに飛び込んだコービーは、あこがれのジョーダンも認めるスーパースターに昇り詰めた。コービーが亡くなってからも、ジョーダンは彼の家族を気にかけていたという。今から6カ月前に「辛い時期なのは知っているけど、何か僕にできることがあればいつでも言って」とヴァネッサへメールをすると「殿堂入りの式典に参列していただけたら光栄です」と返信があったことを語った。

「コービーは家族の一員のような存在だから、正直とても光栄なことだよ。僕のプレイを手本にしてくれたこともあったけど、それは僕にとって最大の敬意さ。バスケットボール史上最高のプレイヤーの一人へ恩返しができて嬉しいよ」

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ジョーダンがコービーを弟のように思っていたように、レイカーズ時代の元チームメイトで盟友のひとり、ラマー・オドムはコービーを父親のように慕っていた。『Vlad TV』でのインタビューで、オドムはコービーが亡くなった数週間後にメールを送ったことを認めている。コービーの遺した「マンバ・メンタリティ」は、これからも同志たちが永遠に語り継いでいくのだろう。

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