“ヤンチャだった” D.O、喧嘩や流血現場でもクールだった理由

日本でいま最も“ヒップホップを体現する男”として、幅広い層から支持を集めるD.O。その生い立ちからヒップホップとの出会い、ラッパーとしての成長、二度にわたる逮捕までを語った自伝『悪党の詩』(彩図社)のセールスがすこぶる好調だ。販売開始直後から売り切れとなる書店が続出し、発売1ヶ月で4刷を達成するほどの大ヒットである。

とにかく“ワルい”エピソードに事欠かないD.Oの半生では、すでに幼少期から「若い頃やんちゃでした」の範囲を軽々と超えてくるサグっぷり。だが、エスカレートした喧嘩や血だらけの現場でも、何がカッコよくて、何がカッコ悪いのか、明確な線引きを持つ子どもだったという。

みんなが血を求めてワケわからなくなってる中、「ナイフは違うでしょ?」と場をおさめる小学生(!)であったり、野球で有名な年上の不良にから売られた喧嘩で返り討ちにした際、野球をできなくするため手を粉々にしようとした仲間を冷静に制止するような立ち回りが多かったそうだ。

自身のそうした考え方/スタイルについて、「僕には“虫プロ”の血が流れていて、オサム先生の作品から人生の本質をたくさん学んでいた」ことに由来するとD.Oは綴っている。かつて彼の両親は大泉学園に住みながら虫プロで仕事をしており、納期が迫っている時などは手塚治虫氏の母君がD.Oをあやしてくれたりもしていたそうだ。幼い頃には、自宅の雀卓を父親と大物マンガ家たちが囲むこともあったという。

そんな環境のもと、D.O少年がマンガに対して人並み以上の興味/関心を抱くようになるのは必然だったのだろう。小学校低学年で初めて読んですぐリーゼント・パーマをあててもらいに床屋へ走った『ビー・バップ・ハイスクール』、バスケットマンに強く憧れた『SLAM DUNK』、『湘南爆走族』や『特攻の拓』よりフィールしていた『カメレオン』……。80~90年代にかけて高い人気を集めた傑作ヤンキーマンガを中心に、本書には多くのマンガ作品が登場する。

若く多感な時期の彼が、どんなマンガからどのような影響を受けていたのか。それを紐解くことは、日本の音楽シーン全体で見ても指折りのキャラ立ちアーティストであるD.Oの強烈な個性の源を探ることにつながるだろう。

TOYSFACTORYJP/YouTube

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