“悪童”ロッドマンは、経営陣にブチ切れたピッペンをどう見ていたか?

シカゴ・ブルズが2度目の3連覇に輝いた1997-98シーズンにスポットを当てたドキュメンタリー『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』が配信され、マイケル・ジョーダンをはじめ、スコッティ・ピッペンデニス・ロッドマンといった当時のスーパースターたちに注目が集まっている。

全10話で構成されるストーリーのエピソード2は、ジョーダンの“相棒”スコッティ・ピッペンにスポットが当てられている。ピッペンは、無名大学から彗星の如くあらわれた隠れた逸材だった。当時のブルズのGMだったジェリー・クラウスの目にとまると、1991年に入団。ところが7年で1,800万ドルという、限りなく球団に有利な契約を結んでしまう。

その後のピッペンの活躍ぶりには到底見合わない契約条件だったが、その裏には貧しい家庭に育ち、大家族を1人で養わなければならないという事情があった。エピソードの中でも「怪我をして契約を切られ、収入が途絶えることが不安だった」とピッペン自身が明らかにしている。

しかし、契約の最後の年となる1997-98シーズンを前にいよいよピッペンの不満が爆発。経営陣に契約の変更を要求するも、クラウスがフィル・ジャクソン体制をその年で解体することを決めていたこともあり、折り合いがつかなかった。するとピッペンはクラウスへの批判的な態度を隠すことなく、結果的にはトレードを申し出ることになる。

ブルズ王朝の終焉の影にあったピッペンのフラストレーションを、チームメイトとしてともに2度目の3連覇を達成したロッドマンはどう見ていたのだろうか。先日、米スポーツチャンネル<ESPN>に出演したロッドマンが自身の見解を語った。

ESPN/YouTube

「経営陣とスコッティの間にどんな緊張があったのかはわからない。本人に尋ねたこともないしね。だがスコッティは世間からも過小評価されていたと思う。ジョーダンが不在だった93年、94年、そして95年、スコッティは間違いなく世界一のプレイヤーだった。そのことにみんな気づいていなかった。彼はすべてのカテゴリーにおいてチームを引っ張った。すべてにおいてだよ!」とピッペンを擁護。

続けて、「91年にブルズがデトロイト・ピストンズを破った時、スコッティはその実力を証明してみせた。その時こそが1度目の3連覇の始まりだったんだ。そしてマイケルがNBAを去り、スコッティがマイケルの役割を継承した。彼は世界一のプレイヤーだったんだ。みんなわかってくれよ」と、時をさかのぼってまでピッペンを正しく評価してほしいと代弁した。

ちなみに、ピストンズ在籍時のロッドマンはピッペンにとっては仇敵。しかし当時からロッドマンはピッペンの才能を見抜いていたそうだ。ゆえに、ピッペンへの過小評価、アンフェアな契約も許せないのだろう。

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