“神様”ジョーダンを説得する男 スゴ腕エージェントが明かす「エア・ジョーダン」誕生秘話

NBAが生んだ史上最高のスーパースター、マイケル・ジョーダンのスポーツエージェントとして知られるデビッド・フォーク。1990年代にNBAコミッショナーに次ぐ“第二の実力者”と呼ばれるほどの富と名声を手に入れた人物として知られているが、そんな彼のサクセスストーリーはスポーツエージェントという肩書きだけに留まらない、卓越したビジネスセンスとスキルによって生み出されたと言っても過言ではないだろう。

フォークといえばジョーダンのエージェントとして、彼のシグネチャーモデル「エア・ジョーダン」を世界的に大ヒットさせた功績でも知られているが、それ以外にも、たとえば1988年のロックアウトの際に選手へ分配されるリーグ収益の分配比率を5%も引き上げるなど、エージェントとして契約している選手だけでなく、NBA全体に大きな影響を与える仕事をやってのけている。

そんなフォークが、ブルックリン・ネッツのスタープレイヤー、ケビン・デュラントの代理人をつとめるリッチ・クレイマンとともに出演した動画のなかで、自身の経験を踏まえた上でスポーツビジネスの進化について議論し、1984年にジョーダンとNIKEとの間で締結されたスポンサー契約について語っている。

Kevin Durant/YouTube

フォークによれば、もともとジョーダンはNIKEとの契約にあまり乗り気ではなかったという。それもそのはずで、当時はスター選手の大半が30年もの長きに渡って、オリンピックの公式スポンサーであるadidasと契約を結んでおり、一方のNIKEはオレゴン州ビーバートンの片田舎にあるマイナーなスポーツウェア会社に過ぎないと認識されていたからだ。

しかも、ジョーダンがNBA入りを果たした時点では、まだバスケットシューズの売上に飛躍的な貢献をもたらすアフリカ系の選手はいないと思われていた。しかし、ジョーダンこそがその最初の1人になると感じたフォークは、市場の動向をつぶさに観察して十分に勝算があると判断した上で、熱心にジョーダンを説得。彼をNIKEと契約させて後に登場する「エア・ジョーダン」をはじめとする“ジョーダンブランド”を生み出し、大ヒットさせることに成功する。この成功により、NIKEも飛躍的な業績UPとブランド力の向上を実現することになった。

ただ単に、チームと選手との間に入って契約の調整を行うだけでなく、コートの外でもビジネスマンとしてその敏腕をふるい続けるフォーク。現在はケビン・デュラントのシューズを手がけつつ、次の時代を担う金の卵を探し続ける日々を送っているという。彼の先を見据えた戦略と貪欲な姿勢が生み出す偉業は、今後も多くの人々の注目を集めそうな気配だ。

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