体型で私をジャッジするのは誰? ビリー・アイリッシュ、服を脱いだ問題提起メッセージ全文

身体のラインを隠すため、あえてダボダボの服ばかりを意識的に着ていたビリー・アイリッシュ。しかし先日のマイアミ公演でのパフォーマンス中、突然服を脱ぎ始め、ランジェリー姿を披露した。

衝撃的な行動に会場は大きく揺れたのだが、これには彼女の意図があった。映像に合わせてビリーは観客に向けて長いモノローグを語り始めた。以下に全文を掲載してみよう。

“あなたたちは皆ジャッジして意見する。
私の意見について、
私の音楽について、
私が着る服について、
私の身体について。

ある人々は私のスタイルを嫌い、
ある人々は賞賛する。
ある人は他者を貶めるためにそれを持ち出し、
ある人は私自身を貶めるために持ち出す。

でも私は、あなたたちに見られていることを感じているし、分かっている。
いつだって。
私のやることなすこと、全てが見られている。

だけど、あなたたちの視線を受けて、
もしあなたたちの否定や、
安堵のため息、それら全部に従って生きていこうとしたなら、私はまったく身動きが取れないだろう。

もう少し小さくなって欲しい?
もっと弱く?
優しく丁寧に?
もっと背が高くなったほうがいい?
もっとおしとやかになったほうがいいかしら?
私のこの肩、あなたにとって十分魅力的かしら?
じゃあ私の胸は?
私のお腹なの?
私のヒップはどうかしら?
私の生まれ持ったこの肉体、
あなたのお気に召すものじゃなかったのかしら?

自分が着たい快適な服を着ると、“女性的じゃない”とか言われる。
もしそれらを脱げば、“あばずれ”って言われる。
誰も私の身体を見たことがないのに、
それでもあなたたちはそれに意見する。
そして私の身体によって私を判断して、意見を押し付ける。

なぜ?

人は人をサイズで判断したりする。
人が何者でどんな価値があるのか、判断しようとする。
私が服を重ね着したとして、
あるいは薄着をしたとして、
それで私をジャッジするのは一体何者?
なんの意味があるの?

あなたの受け取り方だけが私の価値を決めるの?
それとも、あなたが私をどう思うかは私の責任なの?”

ビリーはかねてから“ボディ・シェイミング”、つまり他人の体型を批判したりジャッジする風潮に強く抵抗する姿勢を見せていた。かつてカルバン・クラインの広告で、「世界が私の全てを知るべきだなんて、まるで思わない。だからダボダボの服を着てる。誰も私の身体を批判したり意見したりできない。だって服の下を誰も知らないんだから。“彼女は太ってる”だの、“肉感的じゃない”だの、“ケツが小さすぎる”、“ケツがデカイ”なんて、誰も私には言えない。だって知らないんだから」と述べていた。

世界ではルッキズムに対する批判が高まっており、“ボディ・シェイミング”はとりわけ体型にまつわるものを意味する。ビリーはオーバーサイズの服を着ることで批判を回避すると同時に、他人を体型で判断することを強く批判していた。そして、あえて服を脱ぐことでさらなる問題提起をしてみせた。

いま誰よりも影響力のあるアーティストで、しかもまだ18歳の若者であることを、ビリーは恐ろしいほど自覚しているかのようだ。大胆さと強さ、そしてセンシティブな一面を同時に持った稀有な存在だと言えるだろう。

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