ヒップホップ界の確執とビーフ 2Pac 対 ビギー/Nas 対 ジェイ・Z/N.W.A. 対 アイス・キューブ

ヒップホップ界史上最大の確執といえば、2パックとノトーリアス・B.I.G.のそれだろう。アメリカ東西海岸をまたいだこの抗争は、両者がそれぞれ殺害されるという悲劇によって幕を落としたが、その後の世代でもラッパー間のビーフは絶えない。ビジネス、縄張り、恋愛、嫉妬、忠誠心、裏切り、誇り、プライド、原因は様々で、さらにギャング、ドラッグと密接なシーンなればこそ、確執は起こりやすいのかもしれない。ヒップホップ界で起こってきた、アーティスト同士の確執を幾つか紹介したい。

The Notorious B.I.G./YouTube

2パック vs ノトーリアス・B.I.G.

冒頭でも挙げた通り、ヒップホップ史上最も有名な対立。個人の対立というだけでなく、東海岸VS西海岸、ニューヨークVSロサンゼルスという対立構造を象徴しており、その結末は悲劇でしかなかった。

1993年に出会い、友人となった2人は同年マジソン・スクエア・ガーデンで共演を果たすなど、親睦を深めてゆく。しかし徐々に関係はほつれてゆき、翌年レコーディングへ向かう途中のタイムズ・スクエアで何者かに襲撃された2パックは、ビギーとショーン・コムズ(パフ・ダディ)、そしてビギーのマネージャーを疑った。嫌疑をかけられたビギーは「Who Shot Ya?(誰がお前を撃ったんだ?)」をリリースし、これは2パックへのディスソングであると広く知られている。
東西対立は1991年頃から顕著だったが、1995年に対立は激化の一途をたどる。シュグ・ナイトがCEOを務めるLAのレーベル、デス・ロウ・レコードはショーン・コムズのバッド・ボーイ・レコードをやり玉に挙げ、2パックの保釈金を工面する形で刑務所から保釈するとアーティスト契約を結び、2パックはいくつものトラックでバッド・ボーイのアーティストをディスった。
そして1996年9月、両者が殺害されるという悲劇的結末でこのビーフは終わった。

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Timeless.

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ナズ vs ジェイ・Z

2パックとビギーの対立以降、最も知られた対立だったが、このビーフは幸い血を流すことなく沈静化、和解へと至った。

両者のライバル関係は1996年、ジェイ・Zの記念碑的デビュー作『Reasonable Doubt』のレコーディングにナズが現れなかったことが発端と言われており、以降両者はラップで激しくディスを応酬。特にナズの「Ether」はヒップホップ史上“最高”のディス・ソングのひとつとも言われており、これに対しジェイ・Zも「Supa Ugly」で口汚くやり返すのだった。どれくらい口汚かったかというと「実の母に叱責されたしなめられたほど」生々しいものだった。
しかしいつしか2人のニュースは聞かれなくなり、ヒップホップ界隈は他の話題に興味が移って行く。すると2005年、ジェイ・Zの“I Declare War”ツアーの最中突如ナズがステージに登場し、長年のビーフに蹴りをつけたのだった。和解し、2曲で共演を果たした両者によってヒップホップ界に一時の平和が訪れたのである。

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It Was Written. Thank you !!!!

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N.W.A. vs アイス・キューブ

N.W.Aの『Straight Outta Compton』はヒップホップにとって分水嶺的アルバムだった。発祥の地ニューヨークに対し、遠く離れた反対海岸のLAが、ヒップホップのもう1つのメッカとなったのはこのアルバムの功績があってのことだろう。収録曲「Fuck Tha Police」などはリリース当時よりも今の方がよほど痛烈に響いている。
しかしこの成功がN.W.A.に分裂をもたらしたのも事実だ。ロイヤリティをめぐってアイス・キューブはマネージャーを告訴、1人離脱し1990年に『AmeriKKKa’s Most Wanted』で鮮烈にソロデビューすることとなった。キューブは残りのメンバーを攻撃することを当初控えていたようだが、N.W.A.側は容赦なくディスを繰り広げたためキューブもこれに応戦。しかし1993年にグループが解体すると、両者は和解し、幾度かの共演を果たした。

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