“策略家”50セントは戦略的に口撃? ヒップホップ界の確執とビーフ

ヒップホップ界史上最大の確執といえば、2パックとノトーリアス・B.I.G.のそれだろう。アメリカ東西海岸をまたいだこの抗争は、両者がそれぞれ殺害されるという悲劇によって幕を落としたが、その後の世代でもラッパー間のビーフは絶えない。ビジネス、縄張り、恋愛、嫉妬、忠誠心、裏切り、誇り、プライド、原因は様々で、さらにギャング、ドラッグと密接なシーンなればこそ、確執は起こりやすいのかもしれない。

50 Cent/YouTube

50セント vs ジャ・ルール

この2人の対立原因についてはいろいろ言われているが、 50セント最初のヒット「Wanksta」はジャ・ルールヘ宛てたディスで、ジャ・ルールが反撃した「Loose Change」もまたストリートでの人気ナンバーとなった。実際2人のビーフは2000年代前半のヒップホップ界でホットなトピックであり、両者にヒットをもたらしたわけである。
だが今となってはこのいがみ合いも少々退屈になってしまった感が否めない。継続的にディスを交換する両者だが、もはやどちらに軍配があがるかもわからないし、何を持って勝者となるのかもわからない状態。長生きした方が勝ち、ということだろうか。

50セント vs ザ・ゲーム

ザ・ゲームはドクター・ドレーの指示でG-Unitに参加しており、そのG-Unitはいくつかのビーフに加担していた。ジャ・ルールとのビーフもその1つだったが、50セントはザ・ゲームの貢献度の低さに不満があった。さらにはザ・ゲームのデビュー作『The Documentary』に参加したが、その見返りにも不満があったとか。そしてニューヨークのHot 97スタジオの外でザ・ゲームが襲撃され、クルーの1人が銃弾で負傷することで火蓋は切って落とされ、激しいディスを応酬しあった。中でもザ・ゲームの「300 Barz and Running」は14分にもわたる長大なディスソング。

さて、ビジネスマンそして策略家としても知られる50セント、ザ・ゲームとの確執もレコードセールスをブーストさせるための戦略だったのでは?という見方もある。結局2016年に両者は和解した。

ドレイク vs ミーク・ミル

ミーク・ミルが「ドレイクと比べるのももうやめてくれ…そもそもやつは自分でラップ書いてないんだしさ!」と2015年にツイートしたことが発端。これによってゴーストライター疑惑が勃発すると、アトランタ出身のラッパーでゴーストライターと目されたクエンティン・ミラーも表舞台に登場、ドレイクのプロデューサーであるノア・“40”・シェビブもビーフに参入し、ドレイクは「Charged Up」をリリース。続けてミークが反撃に出るよりも早く、たたみかけるように「Back To Back」もリリースした。ドレイク陣営はミークを徹底的に叩くために十分準備した上で攻撃を開始したのだ。ミークが「Wanna Know」をリリースしたころにはもうすでに分が悪かった。これはソフトな印象のドレイクが、敵に回すと意外と厄介、という周囲への印象づけにもなった。

このバトルは2019年にミーク・ミルがドレイクをフィーチャーした「Going Bad」をリリースしたことで幕を閉じた。

View this post on Instagram

Not tryna clear no rumors up!

A post shared by Meek Mill (@meekmill) on

TAGS