哺乳類でも鳥類でもない「コウモリ」 葛藤するヒーロー“バットマン”が抱える矛盾

一時期は低迷していたものの2000年代以降より、スーパーヒーロー映画は世界的に人気ジャンルの地位を確立した。ハリウッドにおいてはマーヴェル、DC、ダークホースコミックスを原作とするスーパーヒーローたちがスクリーン狭しと活躍し、観客を魅了している。

Warner Bros. Pictures/YouTube

なかでも“元祖スーパーヒーロー”ともいえるスーパーマンと同様に、1939年の誕生から80年が経過しても愛され続けているキャラクターがバットマンだ。2021年にはマット・リーヴス監督、ロバート・パティンソン主演の新作『ザ・バットマン』の公開も予定されるなど、これまでに何人もの俳優がバットマンを演じ、作品ごとのバットマン像を作り上げてきた。

クリストファー・ノーラン監督の『バットマン ビギンズ』(2005年)、『ダークナイト』(2008年)、『ダークナイト ライジング』(2012年)からなる「バットマン三部作」は、それまでのスーパーヒーロー映画にはないリアリティを前面に押し出した作風もあり、クリスチャン・ベールが演じたバットマンはとても人間臭い一面を持っていた。

そんなノーラン版バットマンの内面を様々な研究者たちの分析を引き合いに深く読み込んだのが、作家であり自身も研究者として活動する遠藤徹氏の著書『バットマンの死:ポスト9・11のアメリカ社会とスーパーヒーロー』(新評論)である。

バットマンは生まれながら超人であったスーパーマンと違って、心に深い葛藤を持ったヒーローである。バットマンことブルース・ウェインは、幼いころに目の前で両親を通り魔的な強盗に殺害されてしまう。しかもその犯人は別の事件であっけなく死亡してしまったため、怒りをぶつける対象すら失ってしまう。やがてその怒りが、ゴッサムシティにはびこる悪党どもに向けられることになっていく。豊富な資金力をもとに特殊なスーツやギミックを開発し、悪党どもを暴力で懲らしめるのだ。

ここで一歩引いて考えてみると、バットマンは暴力を否定しながらも自らは暴力を行使するという矛盾の中にいることが分かる。特にノーラン版バットマンはその悪漢ぶりが際立って描かれていると、本著では指摘している。悪党どもに対しては容赦なく、過酷に残酷に暴力を行使するバットマンは正義の味方と呼ぶのもためらわれる。しかし、その迷いのなかにこそバットマンの魅力が詰まっているとも言える。

本著ではウェイン/バットマンの二面性について、「イデオロギー的国家装置(ISA)」や「抑圧的国家装置(RSAs)」との関わり方や、フロイトに沿って、“超自我=ブルース・ウェイン”、“無意識=バットマン”としてその精神を読み解くなど、多角的な分析を与えている。哺乳類でも鳥類でもない「コウモリ」のどっちつかずなあやふやさを体現するバットマンの精神を詳しく知ることで、彼が80年もの長きにわたって愛される理由が見えてくるのかもしれない。

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