NIKEとジョーダンにガチンコ勝負を挑んだ男 アレン・アイバーソン

“NBAのオシャレ番長”アレン・アイバーソンのアイバーソンの足元を支えたのは、NIKEやadidas、JORDAN BRANDなどではなくReebok(リーボック)だった。

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Reebokは1986年時点では、北米スポーツ界で最も主流なシューズブランドだった。映画『エイリアン2』(1986年)では主人公がReebokのシューズを履いて戦い、一躍脚光を浴びた。そして、1988年にはスポーツシューズ界のシェア4分の1を占めるまでに成長し、確固たる地位を築いていた。

しかしそのころ、NIKEに強力なブランドキャラクターが現れる。バスケットボールの神様マイケル・ジョーダンだ。ジョーダンはデビューから瞬く間にNBAを、そしてアメリカ全土を魅了する。同時にシグネチャーシューズの“エア ジョーダン”のセールスもうなぎ登りに急成長した。

そんな状況のなか、Reebokが目を付けたのは大学で圧倒的な活躍を見せるアイバーソンだった。それまで大柄なセンターがゲームを支配していたバスケットで、ジョーダンは小柄な選手も活躍できることを証明した。そして、そんなジョーダンよりもさらに小柄なアイバーソンの潜在能力をReebokは見抜いていた。ここでもNIKEと争うことになるが、契約前からアイバーソンモデルのシューズを作り始めるという熱意が功を奏し、Reebokは見事に契約を勝ち取ったのだ。

そんな、アイバーソンモデルの名前は“Question(クエスチョン)”に決定。「大学で活躍しても、本当に身長183cmのアイバーソンがNBAで活躍できるのか?」と疑問視されていることを逆手に取ったネーミングだった。デザインは唯一無二のものに仕上げ、どことなくライバルNIKEの“エア ジョーダン6”を彷彿とさせるというスタイルにもReebokの自信が表れていた。

アイバーソンは“Question”でNBAデビューすると、その実力をいかんなく発揮。ライバルNIKEのアイコン、ジョーダンとの1on1でも得意のドリブルで翻弄して得点を重ね、「ジョーダンといえども、コートの上で尊敬し過ぎるのはよくない」といった発言を残すなど話題に事欠かず、それだけReebokの注目度も上がっていった。そして、試しにフィラデルフィアで5,000足の販売を行ったところ、ワシントンやバージニア州といった、車で3〜5時間かかる遠方からも買いにくるほどの人気があることを証明した。

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周囲からの疑問の目に対し、完全に実力で答えを出したアイバーソンはすぐに次のモデルを発表。“The Answer(アンサー)”と命名されたこのシリーズは通算14作リリースされ、長年に渡ってReebokのスポーツシューズの主力としてラインナップされた。なかでも最も有名なのが“The Answer 4”で、このシューズを履いたシーズンは所属するフィラデルフィア・76ersをNBAファイナルまで導き、シーズンMVPや得点王などを受賞。最も充実したシーズンを送った。

NBAで優勝することはできなかったものの、最もインパクトを与えた選手の1人であるアイバーソン。その足元を支えたReebokもまた、スポーツシューズ、そしてファッションシューズ界に大きな影響を与えた。

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